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大学一年生の春は、私の人生でとりわけ最悪の時期だった。

大学一年生の春は、私の人生でとりわけ最悪の時期だった。(F『真夜中乙女戦争』)

高校生までは、パジャマで池袋に行っていた。中高一貫の男子校で、「遊ぼう」と示し合わせて池袋に集まった僕らは、東大数学の解法は閃けても、外出するときにワックスを付けることや家で着る服と人に会うときの服を分けることは思いつくことすらしなかった。

大学に入ったら女の子がいた。あまつさえ話しかけられた。共学出身者には何も言っているか分からないかも知れないが、僕にとってはまるで、街中でシマウマに遭遇したような衝撃だった。

新歓で話しかけてきた異性は、暫くするとそっと僕から離れて別の輪に加わっていった。話し相手が居なくなって、手持ち無沙汰にひたすら枝豆を食べているうちに、僕と2人でいたとき困った顔をして黙っていた女の子が、髪を明るく染めて軽薄そうな男と肩を叩きあって響き渡る笑い声で話し始めていた。

「お前はつまらない」不可視の通知表を叩きつけられた気持ちだった。目に見える成績は全て上限に迫る成績を叩き出して生きてきた。人と話すことも、人を笑わせることも苦手だと思っていた。

M1に出るようなお笑い芸人は「お前おもろないねん」と頭をこずかれる。それは彼らが笑いによってお金を稼ぐ世界に身を投じているからだ。面白くない僕は、勉強の世界の住人になれば、面白くないことを責められないと思っていた。しかし、目の前に広がっている新宿の居酒屋の光景は、その甘ったれた認識に否を突きつけてきた。

同じくらい勉強ができる集団が大学に行く。すると、その中で差がつくのは勉強ではなく、トークスキルだった。ぼそぼそと話し、視線は泳ぎ、ふひひと卑屈に笑う僕の周りからは10分もすると、席移動のふりをして女の子はいなくなった。髪を明るくして、身だしなみをととのえ、笑顔で楽しそうに女の子に質問し、いじる男たちの周りに人が集まって輪ができた。そのどよめきと、笑いの渦を、気にならないふりをして居酒屋の隅でひたすらに枝豆を食べ、カシオレを飲んで時間を潰した。

店を出たとき、ぐらりと世界が傾いた。誰とも話さずにひたすら慣れないお酒を飲んでいたのだ。自分が酔うペースも分かっていなかった。「大丈夫?」と肩を貸されて、自販機で水を買って渡してくれた男がいた。先ほど、女の子に囲まれているのが羨ましくて僻んでいた、明るい髪の男だった。いたたまれない自分が、死ぬほどかっこ悪かった。

2021.12.30(木)最近、自慰行為の頻度が増えたせいか、一回にかかる時間が増えて、遅漏ぎみにならないか戦々恐々としている年末に。

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