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20歳の僕は童貞で、そんな自分が大嫌いだった。

小説です。そう思って読んでください。

20歳の僕は童貞で、そんな自分が大嫌いだった。

童貞を、冷蔵庫の中の消費期限を2年くらい過ぎた乳製品みたいに、さっさと捨てたいと思っていた。

しかし消費期限を過ぎた乳製品と違って、自分だけの気分でその日のうちにぽいって捨てられるわけではなかった。それが問題だった。

シェイクスピアは『ハムレット』にて「To be, or not to be, that is the question.(生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ)」と有名なセリフを書いたが、20歳童貞の僕にとって「童貞を捨てるべきか、どうやって捨てるべきか、それが問題だった」。

その心情を、馬鹿にされるかとびくびくしながら女の子に吐露すると「童貞なんて、気にしないよ」「別に遅くないんだから、好きな人ができるまでゆっくり待てば大丈夫だよ」と心から言わがちだ。

おそらく、童貞にここまでコンプレックスじみた感情を呪いのように重ねて苦しむのは、男子特有かもしれない。そのコンプレックスは、まるで金閣寺への妄執から放火した『金閣寺』の僧の心情のようだ。

ある心理学者は、「異性を求める感情は、純粋な性欲だけではない。寂しさとか、周囲と比較して早い遅いという気の迷いじみた焦りとか、気温の変化に連動した気分の変化とか。そんな複雑な要素がカクテルみたいに混じり合ってるけれど、自分で自分の感情をそこまで腑分けして把握できる人は少ない。だから、性欲が強くてはしたないかも、とか、悩むことがある」と何かの悩み相談に回答していた。

20歳の僕は童貞の自分について考えると、数式とか英文を読むときと違って考え方がまとまらなくて、じたばたしてた。たぶん感情のカクテルに劣等感とか性欲とか混ざり過ぎて、自分の感情が分からなくなっていたのだろう。

20歳がおわるころ、ツイッターで知り合った女の子とセックスをした。

この先、誰かに愛される気がしないと泣いている僕に、ゆっくりと頭を撫でながら「大丈夫だよ、君、かっこいいもん」言い聞かせるように何度も繰り返してくれた。

誰にもモテなくて不安で寂しかった僕は、その言葉を抱きしめて、生きていた。いった方は忘れているかもしれないけれど。お守りみたいに心の中で握りしめて、生きていた。

2022.02.18 少し前のことを分かったように語るけれど、今の自分の朝ごはんに食べたいものすら分からない朝に。

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