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「本を読んだ冊数と、年収は完璧に比例する。」という嘘。

「本を読んだ冊数と、年収は完璧に比例する。だから本を読んだ方がいい。」

メンタリストのDaiGoさんや、累計200冊近い書籍を出版している千田琢哉さんなど、かなり広く名前を知られた成功者たちもこの言葉を唱える。

しかし、この言説には嘘がある。

もちろんそう述べていた方の職業はすべて作家だったので、ポジショントークという面もあったのだろう。

だが、もっと根本的な理由がある。
以下で、その嘘を明らかにしたい。

先に言い訳じみた弁明をするならば、
私は上記2人の大ファンであり、これまで出版した書籍のすべて(絶版を含めAmazonで中古で収集して例外なく)を所持しており、DaiGoさんのDラボ、千田琢哉さんの真夜中の雑談という書籍以外の有料サービスにも課金するほどには好きである。

また、noteの自己紹介や記事でも書いているが私自身、高校生の頃から1日1冊、1年間で365冊の本を大学4年の現在まで読み続けてくるほどには本好きである。

その為、DaiGoさんや千田琢哉さん、及び本を読む人を批判する意図は無い。

むしろ「読んだ本の数は年収に繋がるから無駄でない」と自分に言い聞かせてお昼代を削って、本を買っていた事もあった。

ただ、「どうやら、そうでもないかも」と思う事があったので、思考の整理も兼ねて言語化することが執筆の意図である。

村上春樹は、
「作家は頭が悪い人しかなれない。言葉にして初めて、自分が何が言いたかったのか事が分かる人もいる。だから、自分は作家をやっている」と述べていた。

『職業としての小説家』のそのセリフを借りるならば、村上春樹と異なり、現役で早大に20点以上足りずに落ちるほどの、正真正銘の頭の悪い私は、文字にして書かないと思考を整理できないからnoteを書いているのだろう。

それはこのnoteに限らず、他の記事にも通奏低音のように伏流する通念である。

前置きと言い訳が長くなった。
はじめよう。

***

大学3年生で東京駅にインターンに行った時の事だ。

「今の若い人は本を読まない」と嘆きながらインターン初日からおすすめの本を勧めてきて「読んだ?」と聞いてくる初老の男性がいた。

彼は40代で係長と、その会社では明らかに出世コースから外れていた。

彼の存在は「本を読んでいる人はお金を稼げる」の、反例として強く印象に残った。

むしろ、1週間もその会社に身を置くと、彼は「仕事ができないけれど、関係ない本の話をしている厄介な人」として他の部署から鼻つまみ者として扱われていると分かってきた。

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中谷彰宏が、自己啓発書にて「本を書いているときに、最後まで読み通して欲しいと思っているわけではない。」と述べていた。


どういうことか?
「本当にいい自己啓発書は、読んでいる途中で、ワクワクして本を閉じて試したくなる。」
それが、いい本の条件だというのだ。

本を読むには、1冊1,000円前後のお金と、読み通すまでの3時間ほどのコストが掛かる。

本に費やしたお金や時間は積み重なれば、膨大なものとなる。
例えば1年間に365冊の本を読む私は、月に平均3万円、年に36万円を書籍代に溶かしているし、時間はさらに月に100時間だ。

この時間とお金は、少し極端な言い方をすれば会社の飲み会に行って上司のご機嫌を取ったり、好きな人とデートしてホテルに泊まってセックスしたりできる機会を放り捨てて本に投資していると言える。

もし本を読んでも何も行動しなければ?
本を読む前と、読んだ後で何も変わっていなければ、時間とお金を失っている。

高校生までは知識を頭に入れる事が善とされた。
本が好きな高学歴エリートほど、大学以降の読書でもそのような読み方をしようとする。

しかし、大学生以上の読書は、本を読んでいる途中でワクワクして本を放り出して、本に書いてあることを試してみる人が成功する。

組織論についての本を読んだら、サークルや会社に当てはめてみる。
美術史についての本を読んだら、本を閉じて美術館に行ってみる。

戦略コンサルタントの山口周は「もし目に見えないチャンスというものを可視化する方法があるとしたら、移動距離の総和が多いほど、チャンスは掴みやすいんじゃないか」というユニークな仮説を提示していた。

アインシュタインの言葉を借りるまでもなく、知識とは巨人の肩の上に立ってものを見る事だ。

いくら天才でも、生まれてから一度も数学の本を読まずに数学をやるとしたら、虚数の概念すら思いつかないまま、一生を使い切るだろう。

実際、お金がなくて高校以上の教育を受けられなかったドイツの天才が、40歳になって「天才的な発見をした、と涙ぐんで特許庁に駆け込んだので内容を聞いてみたら、平方根を閃いていた、という1970年代のニュースがあった。

それらの知識は高校に通っていれば、かなり頭が悪い学生でも「巨人の肩の上に」立たせてもらえる高さの問題なのだ。

しかし、高校までと異なり、大人になると自分で行動した事が価値になる。

サークルを率いたり、旅行に行った学生の方が、恋人がいる確率が高かったり、就活で内定を獲得しまくるのは、その可視化しやすい一例だ。

彼ら大学以降の資本主義での成功者の特徴は、検索すればスマホが一瞬で答えを吐き出してくれれ知識を丸暗記することではない。

高校までに学んだ知識を、自分の足で行動することで有機的に繋げて、生きた知恵にまで昇華させたときに、お金と人は流れ込む。

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話の風呂敷を広げすぎてとっ散らかってきた。
総括しよう。

「本を読むほどに年収になって帰ってくる」は嘘だ。

本を途中で閉じて、本の内容を行動に移せる人が成功する。

本の内容を丸暗記した引きこもりは幸せになれない。

拙くても自分の言葉で表現して、現実の知識と知識を、有機的に結びつけて知恵に昇華させる人が資本主義での成功者になれるのだ。

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