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13. ネイキッド 【#30DaysFilmChallenge】

こんばんは、ふかづめです。

今日の#30DaysFilmChallengeは、「深く考えさせられる映画」です。

キャプチャ

巨匠マイク・リーの『ネイキッド』という作品を紹介します。

※この作品、日本では劇場未公開=ビデオスルーだったようで、R-18ということもありエロ・バイオレンス作品みたいな売り方になっていますが、中身は全く違います。。まあ、配給会社の人間としては分からなくはないので、字幕つけてパッケージにしてくれただけありがたいと思っています。。
それでも中身は全く違う、どちらかというと青春ドラマなので、引かずにチャレンジしてもらえると嬉しいです。この作品、好きな映画上位10本に入るくらい好きです。


ストーリーは、90年代ロンドンを舞台に、仕事のない若者ジョニーが元カノの部屋に転がり込むところから始まります。ジョニーを演じるのはデヴィッド・シューリス、ハリー・ポッターシリーズのルーピン先生役の俳優というと顔が思い浮かぶかもしれません。この作品でカンヌの男優賞を受賞しています。

ジョニーは結構面倒くさい奴で、出会う人に片っ端からグダグダ突っかかっていきます。時は90年代、ストーリーの大きな要素としてノストラダムスの大予言があるのですが、ジョニーは仕事も家もなく、世紀末を待たずとも既にボロボロ、どうせみんな死ぬのに、家族のためだなんだと生きていく人の姿に反発します。

初めは本当にダメな青年という印象ですが、話が進むにつれ、ジョニーの反発は、ただの諦観ではないということが伝わってきます。
仕事でも家族でも、何かひとつ信じて生きることができたら今よりは楽だけど、それが何か分からない、みんなが信じているものは自分には違う気がして馬鹿にして、だって世紀末にみんな死ぬんだから、でもそんなことを言ったって、ただ生きていくしかないのに、そんな態度のように感じます。

でもそれは、どんなにボロボロでも生きていかなきゃ、という悲観的なものではなく、逆にコレという絶対的な解や何か一つ縋るものがなくても生きていくことができるんだなっていう自由さとも受け取れます。そう思って観るラストシーンは本当に美しいので是非観てほしい1本です。

「何か一つ縋れるもの」の存在、というのは、私が中高の頃からずっと考えてきたことでした。私はプロテスタントのミッションスクールで中高の6年間を過ごし、洗礼は受けなかったものの、一時期協会に通っていました。
昔のことなので正直に言うとその頃は、(キリスト教が、ということではなく)日常に宗教が必要な人は、何か一つ絶対的に正しいと信じられるものがないと生きていけない、弱い人だと思っていました。それは弱さではなくて、多くの人は人生の軸として自ら選び取り入れているのだと、徐々に思うようになってきましたが、最近のインターネット上での左右に振れた人たちの発言を見るにつけ、弱いというよりかは、なんて窮屈なんだろうと、そう思うようになっています。もちろん人によりますが、そんなにその観念が大事なんだろうかと、宗教も政治思想も主義主張のない人間には、不思議でならないというのが本音です。

「何か一つ縋れるもの」を持っている人、持たざる人、持てない人、それぞれの考えや生き方を、ノストラダムスの大予言という終末思想によって顕在化した名作です。是非。

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