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ホストクラブの高額売掛金営業について②~法規制とその強化~

1:はじめに


ホストクラブの高額売掛金営業について、前回第一回は、現状と課題について紹介しました。ホストクラブにおいて、若年女性を主な対象とした高額の売掛金営業が横行することにより、顧客女性もホスト個人も、そして社会的にも大きなリスクが存在することをお示ししました。

そのような現状課題に対し、どのようなアプローチで対処すべきか。第二回の今回は、法規制の現状とその強化の可能性について考察します。

考察の大前提として、まず、ホストクラブやその営業手法を巡る規制に関する現行制度について認識を共有します。その上で、現行法に欠けているところはどこか、それを補うにはどういう手法がありうるかについて、方向性の一案をお示しできればと思います。

なお、この小論に関しては、あくまでも私個人の見聞きした範囲と見解であり、私が所属する団体その他の方々とは関係が無い旨申し添えます。理解が浅い部分などもあろうかと思いますが、ご容赦ください。

また、本稿では法律の条文と基本的な考え方について紹介していますが、個々の事案についての見解を述べたものではありません。法的なトラブルの場合は、弁護士に相談することを強くお勧めします。

≪全三回予定≫
①現状と課題
②法規制とその強化について・・・今回はこちら!
③規制強化と被害者保護の進め方

2:現行法制度の確認

ホストクラブの高額売掛金およびホストクラブの営業に関する法令として、大きなものとしては、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」(以下、「風営法」といいます)、「民法」「消費者契約法」の3つの法律があります。

また、高額な売掛金で困窮してしまった女性への支援をする根拠となり得る法律として、「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」(以下、「困難女性支援法」といいます)があります。

そこで、ホストクラブの営業の関連の3つの法律および困難女性支援法についておさらいし、その後、その他の法令についても触れていきましょう。

(1)風営法について
ホストクラブの営業全体を規制する法律が、風営法です。
 ホストクラブは、ホストが客席に来てお酒などを提供して接客することが常ですが、この種の業態は、風営法上、「風俗営業」「接待等飲食店営業」「1号営業」と位置付けられており、都道府県公安委員会(≒警察)の許可が必要とされています(風営法2条1項1号、3条1項)。
 また、風営法によれば、料金の表示未成年者の立ち入り禁止などを定める必要があり(風営法17条、18条)、金額が明示されていない高額のお酒を勢いで提供することや、未成年者のホストクラブ利用については、風営法に違反する可能性があります。風営法違反は、店舗の営業許可の取り消しや刑事罰の対象となります。
 
(2)民法について
法律行為(≒契約)について定めた一般法が民法です。ホストクラブの高額売掛金問題において主に重要となるのは、未成年の契約取消権、公序良俗、消滅時効の3点です。
 まず、18歳未満の未成年者による契約は、法定代理人(≒両親など)の同意が無い限り、後から取り消しが可能となります(民法5条)。従って、未成年の顧客女性が高額売掛金の契約を結んだとしても、基本的には取り消しが可能です。
 次に、公序良俗に違反する契約は、無効となります(民法90条)。何が公序良俗に反するかは具体的な事例の判断が必要ですが、例えば、ホストが顧客に来店を求めるにあたり日常的に暴力や脅迫を用いていた際に、公序良俗違反が認定された裁判例があり(東京地裁平成24年7月5日判決など)、悪質な事例は取り消すまでも無く無効となりえます。
 もっとも、ホストクラブの売掛金が高額だからといって、それだけで直ちには公序良俗違反とはなりません。公序良俗違反の無効は、犯罪など、明らかな法令違反があるような場合と考えた方がよさそうです。
 3点目は、消滅時効です。高額売掛金含め、それを取り立てる債権は、原則5年で消滅します(民法166条)。もちろん、催告などがあれば時効の成立はその間猶予されます。ただし、売掛金債務者である顧客女性も、時効を援用する意思を示さなければ(「その売掛債権は消滅しています!
!」と主張する)、消滅時効の利益を受けることができません。
 また、問題ない売掛金でも、ホスト個人は消滅時効のリスクがあるため、顧客の状況把握は必要となるでしょう。

(3)消費者契約法について
民法は契約の一般法ですが、消費者契約法は、一定の契約において民法に優先して適用される特別法です。その背景は、一般消費者と事業者の情報や交渉力の格差があることを前提に、一定の要件を満たした契約について消費者が取り消すことができるなど、消費者を保護する法律となります。
 ホストクラブの高額売掛金の場合は、もちろん、ホストクラブおよびホストが事業者、顧客女性が消費者です。
 消費者契約法で特に重要なのは、4条3項6号です。以下、その条文を抜粋します。

当該消費者が、社会生活上の経験が乏しいことから、当該消費者契約の締結について勧誘を行う者に対して恋愛感情その他の好意の感情を抱き、かつ、当該勧誘を行う者も当該消費者に対して同様の感情を抱いているものと誤信していることを知りながら、これに乗じ、当該消費者契約を締結しなければ当該勧誘を行う者との関係が破綻することになる旨を告げること

ちょっとややこしく、厳密には微妙なところはありますが、要は色恋営業と考えて差し支えないでしょう。つまり、ホストが若い女性に色恋営業でこさえた高額な売掛金契約は、法律上取り消しうるものとなるわけです。

(4)困難女性支援法について
民法や消費者契約法が、売掛金契約自体の無効や取り消しを定めているのに対し、すでに高額売掛金によって生活などが困難な状況に陥っている女性は、困難女性支援法に基づく支援が受けられます。

同法9条3項によれば、具体的な支援の内容の例は以下のとおりです。

・緊急時における安全の確保及び一時保護
・心身の健康の回復を図るため、医学的又は心理学的な援助その他の必要な援助
・就労の支援、住宅の確保、援護、児童の保育等に関する制度の利用等について、情報の提供、助言、関係機関との連絡調整その他の援助

これらは、都道府県に設置が義務付けられている女性相談支援センターにより実施されます(注1)。

(注1)東京都女性相談センター
https://www.fukushi.metro.tokyo.lg.jp/kodomo//sodan/j_soudan.html

(5)その他法令について
高額売掛金営業そのものではありませんが、売掛金回収のために、ホストが顧客女性に性風俗での就労をあっせんする行為は、職業安定法63条違反となり、刑事罰を科される可能性があります。また、特に未成年に対する様々な営業行為は、各自治体に定める青少年育成条例違反に該当しうるでしょう。

このように、現行法は、ホストクラブの売掛金そのものを直接に禁止しているものではありませんが、悪質なものについては無効や取消権を定めています。また、困難な状況にある女性の支援や、意図しない性風俗への紹介についても既存法制度があり、これらをしっかりと運用することによって、かなりの程度現在の弊害を是正することができるのではないかと考えます。
 一つの問題は、顧客女性側がこれらの制度を知らない、もしくは適切に主張できていないことにあるのかもしれません。一方、ホスト個人が法的リスクを考えずに売掛金契約を結ぶことも、大いに問題です。
 ホストクラブのみならず、繁華街の関係者に既存法制度の普及啓発は進めていくべきだと思います。
 さて、国会や世論ではホストクラブの規制に対する新法制定の声もあります(注1)。しかし、現行法制度にさらなる有効活用の余地があるのであれば、そちらを優先した方がはるかに合理的です。というのも、現行法においては、新法に比べれば運用の権限問題も整理解決されており、予算などの運用リソースも確保されているはずだからです。
 さらに、いわゆるAV新法で指摘された通り(注2)、偏った意見でなされる拙速な立法は、大きな弊害を生みかねません
 立法をするなら、まずは現行法制度の運用状況を再確認および強化し、様々な利害関係者の意見を聞きつつ、実態把握に時間をかけるべきだと思います。その意味では、やはり既存法制度の理解と活用が優先されるべきです。

(注1)立憲 悪質ホストクラブ“規制法案”提出で調整(11月13日TBSテレビ)

(注2)AV新法と職業の自由(平裕介)(法学セミナー2023年1月号)
https://www.web-nippyo.jp/30378/

3:現行法制度の課題

これまで見てきたように、未成年者保護や女性の保護などを理由に、ホストクラブの高額売掛金契約に対し、無効ないしは取り消しうるものとして扱うことのできる現行法制度がいくつかあります。また、困難な状況にある女性への支援も、法律により定められています。

高額売掛金問題に対しては、ホストクラブやホスト個人、および顧客女性が、これらの法制度への理解を深めることがまず大切だと思います。また、警察や自治体政府は、これらの法制度を宝の持ち腐れにせず、必要に応じ法律専門家の意見も聞きながら、きちんと運用していくことが求められます。

では、現行法制度を適切に運用していけば、ホストクラブの高額売掛金被害を無くせるのかというと、そうは楽観視できません。私見ですが、少なくとも以下の2点については、現行法で適切に対処されていないのではないかと懸念しています。

①信用審査のルールの無い巨額の信用供与
②ホストと顧客個人相互に加えて、ホストクラブ自体の責任

ホストクラブが注目されるのは、そこで楽しむ女性たちが増え、ビジネスとして成立することが確立されたからだと思います。一方で、他の業態と比べ、好奇心で取り上げらることが多く、ビジネスや市場の拡大と比べ、その適正化という点では後れを取っていた点は否めないのではないでしょうか。

明るく楽しいホストクラブ遊びを守るためにも、高額売掛金問題による被害やリスクを少しでも減らしていくべきなのは、顧客女性はもちろん、ホストクラブもホスト個人も同意できることではないかと思います。

今回は、ホストクラブの高額売掛金を巡る法制度について概説しました。次回は、問題解消のための規制強化の進め方と被害者保護のあり方について、私見をまとめ、ご紹介します。



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