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第57話 「漁師とビジネスマン」

先日、工房で働いていた従業員が最後の出社日を迎えました。
少し寂しくなりますが、これからは人を雇わず妻と2人だけで小さな工房を営むことになります。

今まで僕の我がままに付き合って一緒に苦労をしてきてくれた歴代のスタッフには心からの感謝を伝えたいと思います。至らぬ社長だったけれど、一緒に仕事をしたことで少しでも楽器作りが面白かった、楽しかったと言って貰えたら本望です。

昨年11月のコラムにセミリタイアの事を書きました。こういうことは口に出すと動き始めちゃうもので、その後状況は急展開。ぼんやりと頭にあった事もフォーカスし始め、方向を定めて動き出しました。僕なりのセミリタイアを実現させるための新しい土俵を作り始めています。

24歳でひとりで工房を立ち上げ、従業員を増やして会社経営という大きな夢を膨らませてきた僕は、今逆に膨らませた風船を上手に小さくして行こうと知恵を絞っています。

初めて人を雇ったのは24歳の時。
独立したばかりの工房に持ち込まれた、エレキギターの組み立て調整という下請け仕事のために、母親と近所に住んでいた叔母に手伝いを依頼。その後、手が足りずにアルバイトを雇ったりして少しずつだけれど従業員は増えていきました。

ギターの弦が何本あるのかも知らなかった母と叔母にエレキギターの部品の名前と取り付け方を教え、弦を張り音程を合わせて最終調整。
当初は3人がかりで1日の売上が僅か5千円という日が続き、こりゃだめだと思ったけれど、頑張り屋の2人のおかげで数カ月後には月のギター組み立て数が1000本を超えるようになりました。

この時の利益が、その後ギター製作会社を立ち上げていった大きな土台となりました。

人を雇うのは大変な事のように思うけれど、始まりは案外「忙しいからちょっと手伝ってもらえない?」みたいな感じで始まったのです。

その後会社は少しずつだけど成長し、従業員も15名を超えて楽器業界にも少しは名前を知られるようになりました。
そして50歳を迎えるタイミングで思うところあって親族に会社を譲り、小さな工房をまたイチから作ったのです。
その工房も気がつけばもう9年、自分だけの工房にするつもりがなんだかんだで人手が必要となり、その間に数名の社員を育てながらこつこつと日々を重ねて来ました。
そして昨年、ふと我に返って考え、60歳からの自分自身のステージを作るために会社を縮小することに決めたのです。

ほんの2年前は「今後は後継者を育てたい」と真剣に考えていたのだけれど、状況は変わるものです。でも様々なことを考えた結果、自分にとって一番良い選択になったと思っています。

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皆さんは「メキシコの漁師とビジネスマン」の話を読んだことがあるでしょうか。古典的な教訓話でネット上にも少しずつ内容を変えながら拡散してるので検索すればすぐに見つかるはずです。

『漁を終えたばかりの漁師に、通りがかった優秀なビジネスマンが話しかけます。「君は漁の腕がいいからもっと働いて魚を沢山獲って売ればすごく儲かるよ。」

漁師は、
「家族が食べるのに十分なだけ獲ったから、あとは子供と遊んで妻と昼寝をして、夜にはお酒を飲んでギターを弾いて楽しく歌うのさ。」と答えます。

ビジネスマンは、
「もったいない。人を雇って船も増やし会社を作ろう。魚の加工会社も作って大きなビジネスにして君は社長として指揮をするんだ。株式公開もしよう。最後はその株を売って君は大金持ちだ。ワクワクするだろ?」

漁師は聞きます。
「そしたら最後はどうするんだい?」

ビジネスマンは
「金持ちになったらリタイアして、悠々自適でのんびり過ごすんだ。魚釣りをして子供と遊んで昼寝して、夜には旨いワインを飲んで歌って暮らすんだ。」と。』

何年か前にこの話を知ってから時々読み返しては考えさせられています。

僕のリタイアはどんなだろう?気が向いた時にゆっくり楽器を作り、ワインでも飲みながら妻とのんびり仲良く暮らせていたらいいですなぁ。

(松本市民タイムス リレーコラム 2020年6月12日掲載分に加筆修正)

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