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フェルナンは

   

フェルナンは不幸せだったと
誰も言うことはできません
五月になると五月の風が吹く
外国人のぼくたちの教室から流れる言葉
この町の窓から
逃げていく言葉

神様がいないと知った朝の
その悲しみには
とても届くことはできない
本のなかで手に入れた記憶を手がかりに
湖の町を旅したこともあった
家族がまだそろっていた季節
大きな樹の梢越しに雲が浮かんでいた

フェルナンは不幸せだったと
誰も言うことはできません
レイリュー村では
雛罌粟の花が揺れていた
高い天井の模様を眺めるだけの
まだ幼かった息子の頑な背中の向こう

ひとつの部屋から別の部屋に護送されるだけ
国鉄を辞めてからの彼は
熱い珈琲と
奥さんのマリテが作ってくれた
サンドイッチを持って
相棒の犬とぼくの息子を誘って釣りに出かけた
新月の夜を眠れない
寝坊助たちを釣りあげるために

フェルナンは不幸せだったと
誰も言うことはできません
息子を亡くしたまま数十年を生きた
世界は小さな部屋だ
父親のままではいられなかった彼にとって
居るはずのひとが居なくなった
小さな部屋だ、世界は

フェルナンは不幸せだったと
誰も言うことはできません

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