“検察官定年延長”を新社会人なりに整理してみた

 昨日からTwitterのトレンドに
#検察庁法改正案に抗議します
が上がっている。

 本件は今年の一月頃から国会で大きな問題になっていたことであるが、
法案審議が衆議院において大詰めとなり、与党の強引な姿勢が目立っている。

 そこで、本件を可能な限り客観的な視点(すなわち憲政政治における合理性という観点)において何が問題なのかを整理する。

 なお、本投稿は筆者が“新社会人”というアイデンティティを活かして、友人をはじめとした若者世代に向けて記す。
 可能な限りシンプルで、深掘りはしすぎない内容にしたい。
 また、本投稿をきっかけに自ら調べるきっかけになればと思う。


1. 本件の議論の焦点・問題点
 早速、本件の議論の焦点から整理をする。

議論の焦点:検察官の定年延長について(政府主導)

 そもそも、本件がなぜ議論になるのだろうか。
 前提の整理として、以下のことを挙げておく。
① 検察官=国家公務員
② 検事長は検察官に含まれる
③ 国家公務員および検察官にはそれぞれに適用される法案が存在する
④ 法律には一般法と特別法があり、特別法が優先される

問題点:(1)従来は適応されなかった国家公務員法を適用する合理的な理由が不明確
    (2)検察の独立性が脅かされ、三権分立を崩壊に繋がる
    (3)非合理的な主張を合理的にするための法案改正
              (4)納得のいく説明がなしで、ケツありきの議論が行われていること


2. 本件の経緯
 本件は、検察庁法に定められて従来63歳で定年を迎える検事長(検察官)の定年を、国家公務員法に基づいて65歳まで延長させるとした政府判断の是非が発端であった。
 検察官は国家公務員に含まれる。そのため、国家公務員法が適用されるのは当然であると考えるだろう。しかし、検察官に適用される検察庁法は国家公務員法第81条2の中で定められる“別段の定め”にあたるため、検察庁法が適用されるのが妥当である。([3]で詳しく述べる)
 国家公務員法には定年延長について述べられている一方、検察庁法には定年延長について記述がない。このことから、検察官の定年延長そのものが従来だとあり得ないことであった。
 また、今までの政権は検察庁法が優先して適用されるという解釈を正式にとってきた。
 こうした従来の解釈とは異なる判断を持ち出したのが、第4次安倍第2次改造政権および森まさこ法務大臣であった。

 以下、一連の流れである
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◉安倍政権は今年1月31日に次の内容を閣議決定
〔2月8日をもって定年(63歳)を迎える黒川検事長の定年を、国家公務員法に
基づいて半年間の延長をする〕
https://www.kantei.go.jp/jp/content/020131gijiroku.pdf (首相官邸)

◉この閣議決定に野党は予算委員会にて、次の内容等を質疑
〔1981年時点では、検察官の定年延長は適用外であったはずではないか(検察庁法が国家公務員法よりも優先されるから)〕

◉政府側(人事院)は、従来通りの解釈であると答弁
〔(1981年答弁の検察官への定年延長は適用外であるというものと)現在まで同じ解釈を続けている〕

◉後日、政府(安倍総理)が従来の解釈を変更したと答弁(国家公務員法が適用されるものとする解釈へ)

◉翌日、政府側(人事院)が、上記の答弁を撤回
〔現在という言葉が不正確であった(1981年答弁の検察官への定年延長は適用外であるというものではない)。(解釈変更後のものを)同じ解釈として続けている〕

◉森法務大臣が予算委員会の理事会にて解釈変更の決裁を口頭決済でやったと答弁
 ※役所業務の中で大事な決定を文書ではなく口頭で決済なんてあり得ない

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 その後、予算委員会において幾度も本件の整合性について質疑が行われたが、森法務大臣の答弁は曖昧さや矛盾を含み続け、一向に定年延長の整合性がはっきりせず。
 そんな中、検察庁法そのものを改正することで定年延長に合理性を、答弁に整合性を生み出そうとしている。
 以下、その後の流れである。

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 ◉野党側は、新型コロナウイルス感染症への対応や関連法案および補正予算についての議論を優先すべきとし、検察庁法改正の議論を不要不急と判断

◉与党側は本件を不要不急とは判断せず、該当委員会での質疑を主張

◉野党は、森法務大臣出席を条件に検察庁法を改正する必要性等についての質疑を要求

◉しかし、森法務大臣は出席

◉野党は以上のことから委員会を欠席することで抗議を示した。←イマココ
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3. 国家公務員法と検察庁法の関係性
 この節では、それぞれの法について記す。
 [1.本件の議論の焦点・問題点]で述べたこととして、法律には一般法と特別法がある。一般法とは、広く適応される法律であり、特別法は特定の者に対して適応される法律である。
 一般法の条文の中で「別途定め」等があるときには、別途定められた法(=特別法)が優先されるため、特別法>一般法という認識で大きな問題はない。本件の根拠とされている国家公務員法は上記の一般法に、検察庁法は特別法に当たる。

 国家公務員法の中で、定年について触れられている条文は第81条2にある。

引用:
第八十一条の二 職員は、法律に別段の定めのある場合を除き、定年に達したときは、定年に達した日以後における最初の三月三十一日又は第五十五条第一項に規定する任命権者若しくは法律で別に定められた任命権者があらかじめ指定する日のいずれか早い日(以下「定年退職日」という。)に退職する。
○2 前項の定年は、年齢六十年とする。ただし、次の各号に掲げる職員の定年は、当該各号に定める年齢とする。
一 病院、療養所、診療所等で人事院規則で定めるものに勤務する医師及び歯科医師 年齢六十五年
二 庁舎の監視その他の庁務及びこれに準ずる業務に従事する職員で人事院規則で定めるもの 年齢六十三年
三 前二号に掲げる職員のほか、その職務と責任に特殊性があること又は欠員の補充が困難であることにより定年を年齢六十年とすることが著しく不適当と認められる官職を占める職員で人事院規則で定めるもの 六十年を超え、六十五年を超えない範囲内で人事院規則で定める年齢
○3 前二項の規定は、臨時的職員その他の法律により任期を定めて任用される職員及び常時勤務を要しない官職を占める職員には適用しない。
(定年による退職の特例)
https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=322AC0000000120 (e-GOV)


 関連事項として人事院規則11-8定年制度の運用を参照する。この規則の中では、国家公務員法に定められる“別段の定め”が検察庁法であることが明記されている。国家公務員法には、“別段の定め”については規定から除くとあるため、この時点で検察庁法が適用される検察官には国家公務員法の定年規定が適応されないことが読み取れる。

引用:
1 国家公務員法(昭和22年法律第120号。以下「法」という。)第81条の2第1項の「別段の定め」に当たるものとしては、検察庁法(昭和22年法律第61号)第22条の規定がある。https://www.jinji.go.jp/kisoku/tsuuchi/11_bungen/1103000_S59ninki219.html (人事院)


 では、検察庁法では定年規定がどのように定められているのか。検察庁法第22条に記されている。検事総長は65歳、検察官は63歳が定年となる。


引用:
第二十二条 検事総長は、年齢が六十五年に達した時に、その他の検察官は年齢が六十三年に達した時に退官する。
https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=322AC0000000061 (e-GOV)


 次に、それぞれの定年延長について見ていく。国家公務員法では第81条3に次のように記されている。端的にまとめると、 “特別の事情”がある時のみ国家公務員の定年は延長される。

引用:
第八十一条の三 任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。
○2 任命権者は、前項の期限又はこの項の規定により延長された期限が到来する場合において、前項の事由が引き続き存すると認められる十分な理由があるときは、人事院の承認を得て、一年を超えない範囲内で期限を延長することができる。ただし、その期限は、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して三年を超えることができない。
(定年退職者等の再任用)
https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=322AC0000000120 (e-GOV)


 では、“特別の事情”とは何が当たるのか。それは、人事院規則11-8定年制度の実施等についてに記されている。以下の(1)~(3)が該当項目である。この項目に当てはまらなければ延長は適応されないということである。

引用:
第3 勤務延長関係
1 規則11―8第7条の各号には、例えば、次のような場合が該当する。
(1) 第1号
 定年退職予定者がいわゆる名人芸的技能等を要する職務に従事しているため、その者の後継者が直ちに得られない場合
(2) 第2号
 定年退職予定者が離島その他のへき地官署等に勤務しているため、その者の退職による欠員を容易に補充することができず、業務の遂行に重大な支障が生ずる場合
(3) 第3号
 定年退職予定者が大型研究プロジェクトチームの主要な構成員であるため、その者の退職により当該研究の完成が著しく遅延するなどの重大な障害が生ずる場合
重要案件を担当する本府省局長である定年退職予定者について、当該重要案件に係る国会対応、各種審議会対応、外部との折衝、外交交渉等の業務の継続性を確保するため、引き続き任用する特別の必要性が認められる場合
2 勤務延長を行う場合及び勤務延長の期限を延長する場合の期限は、当該勤務延長の事由に応じた必要最小限のものでなくてはならない。
3 任命権者は、勤務延長職員の勤務延長の事由となった職務の遂行に支障がないと認められる場合以外は併任を行うことができない。
4 勤務延長を行う場合及び勤務延長の期限を延長する場合の職員の同意は、定年退職日又はその期限の到来の日に近接する適切な時期に書面により得るものとする。
https://www.jinji.go.jp/kisoku/tsuuchi/11_bungen/1104000_S59ninki514.html (人事院)


 ここで改めて検察庁法との整理を行おう。

◇◇◇重要◇◇◇
国家公務員の定年について
① 基本は、国家公務員法に定められている
② 国家公務員法の中に例外規定あり
③ 人事院規則にて例外規定の一つとして「検察庁法」が明記
④ 検察官は検察庁法に基づく定年に準ずる

国家公務員の定年延長について
⑤ 国家公務員法によって定年延長をする場合、上記の(1)~(3)のいずれかが当てはまらなければならない
⑥ 検察庁法には定年延長について述べられていない

ということとなる。


4. 検察官に定年が規定されていない理由/三権分立の観点から
 [3. 国家公務員法と検察庁法の関係性]で確認した通り、検察官には定年が規定されていない。一方で、「定年延長をしてはいけない」と規定されているわけでもない。政府はこのことにメスを入れ、「定年延長を禁ずる規定があるわけではなく、禁ずる理由もないから国家公務員法の定年延長を適用させてもよい」という判断で本件に踏み切ったと思われる。
 しかし、検察官の定年延長が規定されていないことには理由がある。

 検察官は、行政と司法の両方に足を踏み入れている特殊な職である。
行政面で言えば、刑事事件で逮捕された容疑者に対する取り調べや裁判所への起訴等を務める権利を有する。法に基づいて行われる取り調べ等は警察業務と同じで行政に含まれる。検察官の所属する検察庁は行政に帰属する。
 一方で検察は法律を専門的に取り扱う法曹の一つであり、裁判官と弁護士と並んで法曹三者と呼ばれる。
 このことから、検察官は行政に帰属しつつ、準司法機関でもあるのだ。

 三権分立の観点から言えば、司法・立法・行政は互いに牽制をしあいながらバランスを取る。そんな中で2つの権利を持つ検察は、外部からの圧力を受けることのない独立した期間として存在することが要求される。
 時の為政者の都合の良いように定年延長がされ利用されることを防ぐために、決められた時期で定年をすることで独立性を確保する意図があると考えられる。
 
 そんな中で本件では行政府によって定年延長が決められ、司法が歪められる恐れがある。
 たった一回の例外的な取り組みは、必ず今後の悪い習慣になりうる。

5. なぜ、黒川検事長の定年が延長されるのか。
 黒川検事長の定年延期の期間は半年とされる。2020年8月までが任期ということだ。では、なぜ黒川検事長の任期が延長されたのか。
 検察官の最高位として、検事総長という役職がある。検事総長は2年ごとに切り替わり、現在の稲田検事総長の任期は7月に満了をする。検事総長は現職の検事長の中から検事総長が任命をする。

 このことを踏まえて想像できることは次の通りだ。
① 政府は黒川検事長を次期検事総長にしたい
② しかし、黒川検事長は2月に定年退職をしてしまう
③ 定年を半年延ばすことで、現職検事総長の任期満了時まで現役で居させる
④ 次期検事総長に黒川検事長を就任させる
という企みだ。

 余談だが、黒川検事長は安倍政権寄りの検事長とされている。現在、政権や自由民主党内では政治資金規正法や公職選挙法違反の疑いを被る議員が何名も存在しており、これまでの政権の中でも何人も追及を受けてきた。また、森友加計問題なども大きな事件として世間を賑わせた。こうした事案に対して、少しでも優位な判断をさせるため、安倍政権寄りの黒川検事長を検事総長とすることで司法の目を掻い潜るのではないかとも予想ができる。
 この点については、主観的な持論である。ご容赦いただきたい。

6. 検察庁法改正案について
 現在与党が強行しようとしている法案は、以下のような改正案である。
・検察官の定年を段階的に65歳まで延ばす
・63歳を迎えたら役職から降りる役職定年制の導入
・内閣か法相の判断で定年の延長が可能
 
 問題点は、三つ目の項目。
 時の政権の都合によって、息のかかった検察官の延長を可能とすること。例えば、長く権力の座に居たい者は、政権よりの判断やゴマスリをすることで定年延長にこぎつけ、甘い汁を吸うことになる。
 検察は、総理大臣ですら逮捕することができる唯一無二の存在であるにもかかわらず、権力者の顔色を伺うグレーな存在へと成り下がる可能性があるのだ。
 司法の独立性の後退、司法と行政の牽制関係を揺るがす可能性、こうした危険性を孕む改正案は絶対に許されない。

7. 全体像からの問題点(最後に)
 本件について述べる時、「また安倍に反対か」と思われるだろう。はっきり言おう。私は安倍政権が嫌いだし、早く辞職して欲しいと思っている。これまでの行いのどれもが最低であり、憲政史上最悪の政治家だと断言する。
 しかし、本件に関する非難は安倍政権だから悪いという事柄ではない。民主主義国家として、立憲主義国家として、あまりにもあり得ないプロセスを踏んでいるから怒りを覚えているのだ。
 「安倍のやることは正しい」とまでは考えなくても、「野党は反対ばかり」「野党には任せられない」と思い込み、自ら判断をしなくなった人々にはぜひ考えていただきたい。
 本件が本当に合理的なのか。認めるべきなのか。認めるべきじゃないと思うのならば、声をあげて欲しい。
 声なき声は社会を変えない。振り絞った声こそが、社会を変えるのだ。

8. その他
次の項目は、本投稿では述べないが、とんでもない大問題であるためメモとして記す。

・森法務大臣が辞任できないのは、河合前法務大臣が公職選挙法違反の疑いで辞任をしこれ以上の辞任によって政権ダメージを生むわけにはいかないため(=現在でも不適任者が大臣でいるという地獄)

・コロナに乗じて都合の良い法案を通そうとする腹黒さ

・文書決裁ではなく、口頭決裁をした点