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推しは尊い。_自殺

「 推し様尊いっ!!もうほんと幸せ過ぎる〜!! 」

今日も今日とて推しの動画とやらを見てきゃーっと歓声を上げる妹の声を無視しゲームをする。

「 ほらっ!尊くないっ!?やばくないっ!? 」

「 あーもううるさい… 」

ゲームに集中したかった俺はヘッドホンをつけゲーム音量を上げた。
あきらめたようにしょげる妹は可愛くて相手をしたくなったが生憎俺には “ 推し ” という存在は居ない。
だから語ることもできない。
数分後突然肩を叩かれた。

「 お兄ちゃん見て!!律様と優様!! 」

ずいっとiPad画面を押し付けられる。
渋々見るとそこには妹の推しであるVTuber “ 律 ” とその愛方 “ 優 ” と呼ばれる人物が映っていた。
見た目は優が好きだなと直感的に思い話をそらそうと思った矢先、優の優しい声が俺の心を刺した。

「 …すき… 」

無意識に言葉が漏れ、慌てた頃にはもう遅かった。
キラキラと目を輝かせる妹の熱量に俺の否定の言葉は掻き消されてしまったのだ。

「 お兄ちゃんやっぱわかってる〜っ!! 」

ぎゅーっと抱き着かれPCが揺れる。
いつもならば “ やめろ ” といい突き放すのだがその時は優の声で頭がいっぱいだった。
気付けば俺の推しは “ 優 ” になっていた。

「 お兄ちゃんてば、すっかり優様の虜だねえ…♡ 」

否定できないのが悔しい。
むすっとしひたすら画面の先にいる優を見詰める。
あの日以来、すっかり沼ってしまった俺はどうしようもないくらい優のことが大好きになっていた。
限界オタク、と言えるレベルには。
律と優のゲーム実況を妹と見るのが日課となっていた。
いつもと同じように優の優しい声に耳を傾けていると、コメント返信コーナーで優推しの誰かのコメントが取り上げられた。

『 え〜っと… 「 いつも配信見ています。律さんとのわちゃわちゃゲーム実況や激うま歌枠が大好きです。これからも優さんのことを推し続けたいと思っています。本当に大好きです。」 わ〜、嬉しいな…ありがとう!これからもボク達のことをよろしくね 』

心の奥が一気に冷めた気がした。
冷めたと同時に今まで感じなかったふつふつとした熱い感情が込み上げてきた。
心臓がバクバクと鳴って落ち着かない。
コメントを打ち読まれたこいつが気に食わない。
大好き?推し続けたい?
俺だって大好きだけど?優にこの人生捧げたいくらい大好きだけど?推し続けたいなんて生ぬるい感情なんてないけど?は?何なんだよこいつ。

なんだろう。何なんだろう。この気持ちは。
…気持ちが悪い。
これ以上見ていても辛くなるだけだと思い、妹の肩を叩いてからこう告げた。

「 …悪い、俺今日はもう寝るわ。なんか無理。 」

「 え〜!?まだ始まったばっかりなのに…
… お兄ちゃん、もしかして、 “ 同担拒否 ” ? 」



何だそれ。
聞いた事のない界隈単語をぶつけられ困惑する。
自部屋に戻ってから妹に言われた “ 同担拒否 ” という言葉を検索にかけた。

『 同担拒否とは。同じ対象を応援する他のファンと交流を持ちたくないという姿勢を指す。 』

初めのうちはピンとこなかったが深く調べていくうちに当てはまるものが幾つもあった。
そして衝撃的な文を見つけた。
『 同担拒否を嫌う活動者もいる 』 と。
優がそっち側の人間だったらどうしよう。
気持ち悪さがより一層増した。
視界がぐらぐらと揺らぐのを感じベッドに倒れ込む
派手に倒れたせいかその音に驚いた妹が大きな音を立てながら心配そうに俺の部屋に入ってきた。
俺は「 気にするな 」 と言ったが明らかに普段と違った雰囲気を纏った俺を見て妹は今にも泣きそうになっていた

「 お兄ちゃん、やっぱり同担拒否…? 」

おずおずと聞いてきた妹に、小さく頷く。
妹は色々愚痴や今の心情を聞いてくれたが終盤へ行くにつれて表情は険しくなる。
次第に怯えた表情まで作った。

「 お、お兄ちゃん…
それは、さすがに… 」

俺が『 優の1番になりたい 』 と言った途端、血の気を替えて引き攣った笑いを向けられた。
俺は何かおかしいことを言ったのだろうか。
優のことで頭がいっぱいだった。
これが、“ 同担拒否 ” の “ 独占欲 ” と言うのだろうか
「 落ち着いたらまた一緒に配信見ようね 」と言ってくれた妹を部屋から追い出し、ゲーミングチェアに座り込む。
目から雫が零れ落ちた。

「 はは… 俺、異常かな…?w 」

デスクトップに映る “ 優 ” 。
優しい微笑みを向ける優。
見つめれば見つめるほど胸が苦しくなった。
俺は厄介オタクという部類に属するのだろうか。
ぐるぐると思考を巡らせまたもや気持ち悪くなる。
その日はそのまま眠りにつくことにした。


同担拒否を自覚した数ヶ月後。
過去の配信を遡ると質問コーナーにてこんな質問があった。

『 「 同担拒否は嫌いですか? 」 んー…そうだな…
     ボクのこと大好きなんだなって分かるし、
     好きだよ。
     でも、同担拒否ってつらくない…?
     ボクはボクの大切なリスナーに
     辛い思いして欲しくないんだけど… 』

バーチャル越しでもわかる悲しそうな表情。
やっぱり、優は優しい。
否定しない。肯定してくれる。心配してくれる。
だから俺は、優が好きなんだよ、
軽い気持ちの好きなんかじゃなくて、本気の好き。
大好きなんだよ。
でも…

「 大好き過ぎるのは、迷惑、だよな。 」

この数ヶ月で大きな変化が沢山あった。
まず、妹と配信を見なくなった。
リアルタイムの配信を見なくなった。
コメント返信コーナーを無視するようになった。
アンチや同担への当たりがかなり酷くなった。
人間のゴミと化した気がしてならなかった。
キーボードに手を重ねた時、指先に赤い線が伝っていた。
はっとし服をめくると開いた傷口から滲み出る自分の血液が鮮明に見えた。
どうしようも無くなるほど堕ちてしまった俺は自分自身の制御をできなくなっていた。
唯一制御する方法と言えばこれしか無かったのだ。

「 あー… 無理。しにてえ…w 」

血塗れになった両腕で顔を覆う。
涙も血液も止まることは無かった。
しばらく感傷に浸っているとPCからポコンっと小さな音が鳴った。
生配信が始まった合図だ。
俺はなんとなく配信を聞いた。
いつもと変わらない優しい優の声。
いつもと変わらないリスナーたちのメッセージ。
いつもよりおかしい俺の心情。
ああ、これはもうダメだ。
末期だ。
優のことが好きで好きで大好きで堪らなくて
死んでしまいたい程に愛してしまって
依存してしまった。
以前作ったタオルのロープを天井に垂らし、そこに首を通す。
椅子からふっと足を外すと息が上手くできなくなった。
暗い部屋に響く優しい優の声。
段々と荒くなる俺の呼吸音。
カチカチと音を立てる時計の針と、
キラキラと輝きを放つデスクライト。
もう、この手段以外思いつかなかった。
俺は俺を殺すことしか考えられなかった。
これ以上優に依存してしまうのはダメだ。
何を仕出かすか分からない。
何かをする前に、辞めなくては。
俺はそう判断した。
ぼんやりとし始めた視界と意識。
生命線が途切れる瞬間、妹の涙ぐんだ声と優の真剣で柔らかい声が俺の最期を飾った。


…これで俺は、 “ 厄介オタク ” をやめれたのか
これで俺は、優は、救われたのだろうか
ぜんぶぜんぶ、俺の “ 落ち度 ” だ
俺が愛してしまった “ 代償 ” 。
自業自得なんだ。
推しの存在は偉大だ。
推しは尊い。
自ら死を選べる程に、尊かった。


〔 END 〕

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