はじめましてしてのnote
えー、と、初めまして。noteさん。
note初投稿になります。
これから定期的に色々と雑記していこうと思うので、お付き合いくださいまし。
需要が無さ過ぎじゃないのか?と心配していますが、、がんばります。
今回はひとつ自己紹介がてら、これまでの僕の人生を簡単に振り返りたいと思います。
僕は1982年の広島生まれ育ちで、5つ離れた妹が居ます。
小学2年から書道とサッカーをしていて、書道は小学6年、サッカーは中3までしていました。サッカーは盆と正月以外休みの無いハードなクラブでした。中学生時は一応副キャプでした。左サイドバックでプレースタイルはロベカル的でした。身長だけは全く一緒です。(ちょいちょい今でも草サッカーしてます)
僕は画家を生業にしているんですが、その始まりは中学2年の年度末にあった進路面談の時がきっかけでした。そこで初めて自分の人生について向き合い、リアルに色々と想像しました。
その答えとして、死を迎える時にどうなっていたいか?を考え、それは「生の実感を得られ続けられた人生が良い」という事だったので、中二の当時、1番生きてる実感があったのが何か物を作っている時で、その思いが元で画家になる事を決意しました。
高校は広島の工業高校に通いつつ、勉強せず、出来るだけ絵の事だけが出来るような環境を整え、放課後には美大受験の画塾に通い、3年間東京芸大目指してがんばりました。
が、受からず、、、その後3浪するもダメで、6年間の受験生活を終えて広島市立大学の日本画専攻に入学。
日本画専攻の理由は、学科に「日本」ってついてたからという安易な理由で選択。
ホテル、結婚式場でバイトを始めつつ大学生活がスタートします。(バイトは10年続けました)
美大は学部、修士、博士と9年間通い、博士号は取らず単位取得満期退学を選択。
大学を出た後、地元広島で本格的な作家活動スタート。
自分の事を誰も知らない状態なので、積極的に活動をするべく、1ヶ月のうちに展覧会を2つ以上開催。
少しずつ発表の機会も増えていき、京都や東京での個人的なご縁も頂気、頻繁にに通うことになる。
広島での活動を4年ほど続けたのち、京都でのお仕事やご縁があり移住。
1年半住んだのち、東京に移住、東京に移住して約1年半後に東京で出会った方と結婚。
現在、東京を拠点に引き続き作家活動をしています。
めちゃくちゃざっくりと自分のこれまでの人生を振り返ってみました。
最後の方は省略しすぎかもですが、、、、汗
こう見ると画家になるための単純な人生だなと、、、
浪人時代の画塾の建物に近づくと蕁麻疹が出てた事や、大学学部時代に1年間パチスロで廃人だった事や、あれやこれやの思い出がありますが、またそれは別の話、、、と、いうことで、今日はこの辺で終わりにしたいとおもいます。
最後まで読んでくださった方々、ありがとうございました!!
今後とも、お付き合いのほどよろしくお願い致しますっs!!!!