原宿・マロン洋菓子店のこと

 不要不急の外出自粛が要請されている。人出の様子がたびたびテレビのニュースに映し出されているのが、原宿の竹下通りだ。今も昔も若者のメッカである。私は学生時代、この竹下通りを足繁く歩いた。明治通りとぶつかったところに「マロン洋菓子店」という古くからの洋菓子喫茶があり、そこでアルバイトをしていたのだ。始めた当初は運転免許の教習所に通うお金が貯まるまで、と短期のつもりだったが、良縁だったのだろう。大学生活の半分に近い、1年7カ月も働いた。蛇足ながら、時給もスタート時点では530円だったが、最後の頃は750円に昇給し、学生の分際で月に1万円の主任手当てまでもらっていた。時は1980年代前半から半ばにかけて。時代も良かったのだろう。

カウンターでパフェを作ったり、トースト類の軽食を作ったこともあったが、持ち場は主にホールだった。ウエイターである。店にはいろいろな人がやって来た。有名な芸能事務所が近くにあったこともあり、当時人気絶頂だったアイドルも数多く来店した。後に全国区になったファッションブランドの関係者もよくコーヒーを飲み来ていたし、雑誌でよく取り上げられていた有名料理店のオーナーはタバコをくゆらせながら、思考にふけっていた。今では考えられないが、テーブルには店名が入った灰皿が普通に置かれていた。禁煙者よりも喫煙者が優遇されていたのである。

おそらくはそういう人からも刺激を受けていたと思うが、私が好きだったのは店内から竹下通りを行き交う人を見ることだった。マロン洋菓子店は1階と2階が喫茶になっていたが、ともにガラス張りだったので、外の様子がよく見えた。

竹下通りはファッションの変化を如実に写す鏡でもあった。黒ずくめのファッションが流行った時は、通りが黒一色に染まった。そして女性は一様に髪を刈り上げていた。だが流行は長くは続かない。次にやって来たのが「Kファクトリー」とか「パーソンズ」などに代表されるようなカラフルなファッションの流行だった。すると今度は一転、通りは華やかな色に覆われた。その後はタレントショップがブームになるのだが、私はすでに社会人になっていたので、様子はよくわからない。

ファッションのことを語れる立場ではないが、昔は1つ流行るといっせいに右へならえをしていたような気がする。流行りに委ねるのがスタンダードだと見なされていたので、個性派は少なかった。そのため、街では同じような服装をしている人が多かった。

今ももちろん流行はあるが、流行よりも自分に合ったものを着る、という意識が高まっているような気がする。たとえば女性ファッション誌がこぞって、これからはタイトよりもルーズ、と提案した時も、その流れに乗る人もいれば、乗らない人もいた。私は自分に合う服を知っている人が一番オシャレだと思っているが、もしかするとそういう人が増えたのかもしれない。

やや強引な結びつけかも知れないが、これはチームスポーツの練習やトレーニングにも通じるものがある。昔は指導者が命じたメニューを全員が同じようにこなしていた。技術指導も一律の傾向にあった。だが、これでは自分に似合わないファッションに身をつつんでいるのと同じだ。選手それぞれ骨格も違えば、体力も能力も異なる。本来はパーソナルな指導が求められるはずだ。パーソナルトレーナーという存在が重宝されているのも、そのためだろう。人数が多いチームではなかなか難しいところもあるが、近年はチーム競技であっても、個を尊重した指導をするところも増えているようだ。

選手も自分を知る必要がある。その上で自分に合った練習をすれば(自分に合った服が個を引き出すように)、上達につながるのではないだろうか。

マロン洋菓子店の話に戻ろう。ここではいろいろなバイト仲間との出会いもあった。中には俳優志望の人もいて、大学時代、映画や舞台に傾倒していた私はよくその人と「とんちゃん」で将来を語り合った。まだ「裏原」という言葉もなかったが、原宿の裏通りにあった「とんちゃん」は私たちの行きつけの居酒屋だった。マロン対とんちゃんの草野球をしたこともある。

思い違いもいいところだろう。その人に感化され、熱が高じて大学1年の時に「無名塾」の試験を受けた。それなりに気合を入れて臨んだつもりだったが、「無名塾」の主宰者である仲代達矢さんは全てお見通しだった。あの何物も吸い寄せてしまいそうな瞳をこちらに向けると、こう言った。

「君は学生さんか。もし本当に覚悟がないんだったら、そのまま学生をしていた方がいいんじゃないか」

容姿とか、演技とか、それ以前の問題だった。

何かでカベにぶつかった時、たまに原宿をぶらつく。マロン洋菓子店もなくなり、風景もバイトをしていた頃とは一変してしまったが、原宿の街からはいつも元気をもらえる。私にとっては「パワースポット」だ。まだ先のことになりそうだが、不要不急の外出自粛が解けたら、また原宿に行ってみたい。

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