(バイサイドの弁護士からみた)LBOの実務・第4回 ⑤SPA締結
ども。弁護士の後藤慎吾です。
「(バイサイドの弁護士からみた)LBOの実務・第4回」ということでですね、今回は、「⑤SPA締結」のフェーズについて解説していこうと思います。今回は契約の内容に関するものなので、あまり詳しく解説すると手の内を明かすことにもなりかねない懸念もあり、さくっといこうと思ってます(と書いたものの、読み返したら結構な分量書いてましたw)。
「⑤SPA締結」は、「(バイサイドの弁護士からみた)LBOの実務・第1回」でアップしたスキーム図でいうと、以下の「M&Aフェーズその2」の一場面です。
SPAの内容
デューディリジェンスが進み、対象会社にディールの進行を阻害するような重大な問題はなさそうという心証をある程度持てるようになると、バイサイドの弁護士は、クライアント(スポンサー)からSPAのドラフトを依頼されます。
SPAは、Stock Purchase Agreementの頭字語で日本語では株式譲渡契約書といいます。文字通り、株式を譲渡することを目的とする契約書です。
LBOでは、対象会社の株主が売主となり、「(バイサイドの弁護士からみた)LBOの実務・第3回」で取り上げたSPCが買主となって株式譲渡契約が締結されます。
SPAには、一般的に、①定義、②株式譲渡、③クロージング、④売主の表明保証、⑤買主の表明保証、⑥売主の誓約、⑦買主の誓約、⑧売主の義務の前提条件、⑨買主の義務の前提条件、⑩解除、⑪補償等、⑫一般条項が規定されます。以下では、それぞれについて見ていきたいと思います。
定義
SPAで用いられる用語の定義が記載されます。
株式譲渡
売主と買主の間で株式譲渡がなされることのほか、譲渡株数や譲渡価格が記載されます。
クロージング
クロージングは、売主と買主の間で株式譲渡が実行されることを意味します。クロージングに関する条文では、クロージングの日や場所を定めるほか、譲渡価格の支払方法、クロージング日の引渡書類などが記載されます。
売主の表明保証
表明保証とは、契約当事者の一方が、相手方当事者に対して、一定の事項が真実であることを述べ、それを保証することです。契約当事者が表明保証した事項が事実と相違する場合には、当該契約当事者は、表明保証の違反に起因して相手方当事者が被った損害を補償することになります。
売主の表明保証の対象となる事項としては、①売主自身に関するものと②対象会社に関するものがあります。
①売主自身に関する表明保証としては、(a)契約締結・履行権限、(b)契約の有効性・執行可能性、(c)許認可の取得・法適合性、(d)倒産手続の不存在、(e)適法な株式保有などが記載されます。
②対象会社に関する表明保証としては、(a)法的能力・法的権限、(b)倒産手続の不存在、(c)定款・社内規則、(d)株式、(e)計算書類・会計帳簿、(f)資産(不動産・知的財産含む。)、(g)負債(潜在債務含む。)、(h)租税、(i)事業上の契約、(j)許認可・法令遵守、(k)役員・従業員、(l)環境、(m)紛争(訴訟含む。)などが記載されます。
バイサイドの弁護士が対象会社に関する表明保証の条項をドラフトする際には、対象会社に関する種々の事柄について網羅的にカバーするよう意識することが重要です。対象会社に関する表明保証は、補償等に関する条項と共に、バイサイド・セルサイド間で緻密な交渉がなされるところですので、バイサイドの弁護士としてもかなり気を遣う条項になります。
買主の表明保証
買主も買主自身に関する表明保証をします。買主の表明保証の対象事項は、(a)契約締結・履行権限、(b)契約の有効性・執行可能性、(c)許認可の取得・法適合性、(d)倒産手続の不存在などになります。
売主の誓約
買主からすると、対象会社株式の譲渡の目的を実現するために、当該取引に付随して、売主に対応してもらいたいことがあり、これについては、SPAで売主の義務として規定することになります。このような売主の義務をコベナンツということがあります。売主の誓約事項としては、①クロージングの前に対応するべきものと②クロージングの後に対応するべきものに分けられます。
①売主がクロージングの前に対応するべき事項としては、(a)対象会社に関する情報開示、(b)対象会社の事業運営、(c)事前同意の取得、(d)株式処分の禁止、(e)第三者の許可取得・通知、(f)株式譲渡承認、(g)既存借入債務の繰上弁済合意、(h)委任契約・株式引受契約・株主間契約等の各種契約の締結といった事項があります。また、買主として、デューディリジェンスの過程で検出された対象会社の問題事象について、クロージングの前までに売主/対象会社で改善策を講じてほしい場合には、それについても売主の誓約事項として規定することがあります。
②売主がクロージングの後に対応するべき事項としては、売主の競業避止があります。例えば、売主が対象会社の創業者である場合には、売主の才覚で対象会社の事業が発展した経緯があるわけなので、クロージングの後に、売主が対象会社の事業と同一又は類似の事業を別に始めてしまうと、対象会社の事業に重大な影響を及ぼすことになります。ですので、売主に対して、クロージング後一定期間は、対象会社の事業と同一又は類似の事業を行わないよう義務付ける必要があります。他方で、売主は、それまで対象会社の属する業界で長年ビジネスをしてきたわけですので、クロージング後にそれと全く異なる業態のビジネスを一から始めるのは難しいというのも事実です。そこで、スポンサーが対象会社の買収後にどのような事業展開をしていくことを考えているのか、売主がクロージング後にどのような人生設計を描いているのか(新たにどのような事業を行うことを考えているのか)といった事情を踏まえ、売主の競業避止の対象事業や期間を交渉していくことになります。
買主の誓約
買主の方でも対象会社株式の譲渡との関係で対応するべきことがあれば買主の誓約事項として規定します。例えば、タックスメリットを取るため、クロージングの際に退任する対象会社の役員(兼売主)に対して対象会社から退職慰労金を支給することがありますが、厳密にいうと、これはクロージング後に行われるため、買主の誓約事項として規定します。
売主の義務の前提条件
対象会社株式の譲渡という売主の義務の停止条件を定めます。停止条件とは、法律行為の効果の発生が将来の事実の発生にかかっている場合の当該事実をいいます。民法第127条第1項は以下のように規定しています。
売主の義務の前提条件としては、①買主の表明保証の正確性と②買主の義務の履行などが規定されます。
買主の義務の前提条件
譲渡価格の支払いという買主の義務の前提条件では、①売主の表明保証の正確性、②売主の義務の履行、③株式譲渡承認、④デューディリジェンスの終了、⑤金融機関からの融資の実行といった事項を規定します。また、買主として、デューディリジェンスの過程で検出された対象会社の問題事象について、クロージングの前までに売主/対象会社で改善策を講じてほしい場合には、前述の「売主の誓約」で記載することのほか、「買主の義務の前提条件」で記載することもあります。
解除
SPAの解除に関する規定です。例えば、いずれかの当事者の表明保証違反や義務の不履行を相手方当事者のSPAの解除権の発生事由として規定することが一般的ですが、ここで重要なのは、クロージングの後はSPAの解除は認められず、クロージングの後に表明保証違反や義務の不履行が明らかになった場合には、それによって相手方当事者に生じた損害の補償等を行うことによって解決するというのが実務になっているという点です。
契約の解除については民法第545条第1項に規定があり、以下のように規定しています。
このように、契約の解除の法律効果は各当事者の原状回復義務ですが、クロージングの後に一方当事者の表明保証違反や義務の不履行が明らかになり、相手方当事者がSPAを解除できるとすると、売主に再び対象会社の株式が戻り、また、売主が、クロージングの後に買主側が行っていた対象会社の運営を引き継がなければならなくなるなど、収拾がつかない事態が生じることが予想されます。ですので、何か問題が生じたことがクロージングの後に明らかになってもSPAは解除できないという規律がとられています。
補償等
一方当事者の表明保証違反や義務の不履行があった場合で、相手方当事者にそれに起因して損害や損失が生じたときに、相手方当事者の不履行当事者に対する補償等の請求権を認める規定です。買主としてはできる限り補償等の範囲を広くしたい、逆に、売主としてはできる限り補償等の範囲を狭くしたいという意向が働きますので、「補償等」も両者間でよく議論がなされる条項です。
一般条項
SPAの最後では、①秘密保持、②譲渡禁止、③完全合意、④準拠法、⑤裁判管轄といった事項について記載します。
LBOの特殊性
SPAをドラフトする際に考慮するべきLBOの特殊性としては、SPAに基づいて買主に対して売り渡される対象会社株式には、買主に買収資金を融資する金融機関のローン債権を被担保債権とする質権を設定するのが一般的ですが、これは金融機関に対して対象会社の株券を引き渡すことにより行われるのが実務となっていることが挙げられます。
ですので、LBOでは、このような実務を前提として、対象会社が株券発行会社でない場合には株券発行会社になってもらったうえで、SPAでも、クロージングや売主の表明保証に関する条項を、対象会社が株券発行会社であることを前提とした内容にする必要があります。
このほか、LBOでは、金融機関の買収資金の融資がなければクロージングができないので、買主の義務の前提条件として金融機関から融資が実行されることを規定する必要がありますし、対象会社の既存借入債務はクロージングのタイミングですべて弁済されるのが一般的ですので売主の誓約事項として対象会社の既存借入債務の繰上弁済の合意を規定する必要があるなど、M&Aフェーズの後のファイナンスフェーズで想定される事柄を踏まえSPAをドラフトする必要があります。
おわりに
バイサイドの弁護士からしてみるとSPAの作成や交渉は慣れたものですが、セルサイドの法務アドバイザーは、もともと対象会社の法律顧問をしていた弁護士がなることが多く、この種の契約に関する知識や経験はまちまちです。また、売主自身もSPAを始めてみるという場合が多いです。
ですので、買主が売主に提出したSPAのドラフトについて売主(及び売主の法務アドバイザー)からほとんどコメントがなされず、そのまま締結される案件もあり、それはそれで、売主が本当にSPAの内容を理解した上で締結したのか、こちらも不安になることがあります。
SPAに限らず契約締結後に契約当事者間で紛争が生じるのは、両者の認識に齟齬がある場合です。ですので、紛争の未然防止の観点から、SPAが締結されるまでの間、バイサイドとセルサイド双方が、SPAに関するあらゆる点で認識を一致させる努力をすることが必要になりますが、その過程では、セルサイドの法務アドバイザーの役割は重要だと思っています。バイサイドの弁護士が売主に対して説明するわけにもいきませんので。SPAの交渉の過程では、売主と買主が互いの事実認識を共有し、各条文について自らの主張を戦わせることを通じて相互理解を醸成して、最後は、気持ちよくサイニングできるディールができるとよいですね。
ではでは。
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