屋久島に行ってきた話③
2日目|太忠岳と同行者
滞在二日目早朝より向かったのは太忠岳(たちゅうだけ)。
この日はガイドをつけてもらった。
この太忠岳は、登山道としては決して険しくなく、僕の経験からも本来であればガイドは不要ではあるのだが、道中で聞く様々なお話と知識に期待をして敢えて申し込んだ。
山の中では当然電波が通じないため、その場でスマホを使って目の前の植物や森の構成を調べることはできない。気になったことを質問すればすぐに答えてくれる経験豊富なガイドさんは、その土地をより深く知るにはとてもありがたい存在なのだ。
当日のツアーに同行したのは、僕の他に女性が二人。全員がそれぞれ一人旅。ガイドさんを合わせて計4名。
里から登山道の入り口までは車で40分ほど。早朝からバスが出ていない中、車で送り迎えをしてもらえるだけでもガイドを申し込む価値がある。
登山の道中は「ヤクスギランド」と呼ばれる自然休養林を進んでいく。ランドという名が付けば子供騙しの遊戯施設のように思われるかもしれないが、その実、学術・調査の上でも注目されている貴重な森林が保護されている地域であり、屋久島本来の豊かな自然に触れることができる魅力的な場所なのだ。
このネーミングのために、初見の観光客からの人気は低く、大抵の人は定番の縄文杉を目指すトレッキングコースを選ぶ。その結果、ハイシーズンともなれば人気のコースには大名行列の如く列が続き、景色を楽しむ余裕もない。数年前には一度、改名を求めて多くのガイドたちが声を上げたのだが、結局は「ずっとこの名前でやってきたから別に構わない」と地元住民の反対多数で棄却されてしまったそうだ。実際のところ、人が少ない方が自然には優しく、こちらも快適に過ごすことができるので、皮肉にも我々はその恩恵をしっかりと授かっている。
屋久杉は標高500m以上、狭義においては樹齢1000年以上の屋久島に自生する杉を差し、それ以下の若い杉のことを小杉と呼称する。
屋久杉は現在伐採が禁止されているものの、かつてはその成長の遅さゆえのきめ細かな木目が特徴で、丈夫で品質の高い木材として利用されていた。
木を切り倒す前に品質を確認する為、しばしばまっすぐに伸びる形の綺麗な株には江戸時代の頃と思われる、断面を確認した試し切りの跡が散見される。その跡が残っている木は試し切りの結果、良質な木材として利用できないと判断されたがゆえに現在まで生き長らえたわけだ。
逆に言えば、まっすぐ綺麗に伸びた質の良い木々は皆切り倒されてしまっている。
時代が移り、現代に愛称が付けられて親しまれている独特な姿を持つ大木たちは、その曲がりくねった形がゆえに良質な材木として扱われなかった過去を持つ。人間の都合でそれらの価値は逆転したのだ。
「時代に合わせて生きる必要がある、なんて言うけれど、彼らは昔から自分たちの独自性を貫いてきた。その結果、その姿が今は個性として認められている。」
「本当に時代の流れに沿うことが正しいのでしょうか。自分の芯を持って生きていればいいのではないでしょうか。私は彼らに、そのように言われているような気がするのです。」
優しいガイドさんの言葉が胸に残った。
時代への順応力を高めていくことこそが正義と信じて疑わなかった僕の考えに綻びが生まれた。
「水や風の音を聞き、新緑や朽ちた木に触れ、五感で“観て”ください。森は様々なことを私たちに教えてくれます」
それらの全ては決して自らを主張することなく、全体調和を保ちながら、ただそこに在る。
その中で自分自身は異質な存在でありながら、ここに居させてもらえることにありがたみを感じた。
屋久島には登山を目的に来たわけでない。何を探せばよいのかわからない探し物をしに来たわけだが、その一端が少し見えそうな気がした。
お昼には、一応コースの最終目的地とされている場所にたどり着いた。
太忠岳の頂上にそびえ立つ大きな花崗岩、通称「天柱石」は60mの高さを誇る。発芽米みたいでかわいいじゃないか!なんて言って昼食をとる内に辺りは雲霧に包まれ始め、視界が遮られていった。
この日は一度山を下り、残り二日間の山中泊と撮影のために休息をとることにしていた。
同行していた一人の女性と気が合い、降りる先の里も同じ方面だったので、夕食で再集合する約束をした。
旅は道連れだ。
美味しいお店の情報ならよく知っている。
夕食は、ヤクシカとエゾジカの食べ比べができる焼肉店にて。
一人旅の道中、ビールで乾杯できる相手がいることは嬉しい。
相手方の女性は普段登山はしていないが、屋久島だけは好きで来てしまうのだと、二度目の来島。これは順調にヤク中に向かっている。
各々翌日に再び入山予定を控えていたため、ほどほどに楽しんだ後、やや名残惜しくも別れを告げた。
「…明日が早いならおにぎりを一つ用意しておきますね」
宿に戻ると、素泊まりであるにも関わらず、女将さんが気を遣ってくださった。そんな溢れる優しさに感謝をしながら、安房で過ごす最後の夜を噛みしめて眠りについた。
④へつづく…
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