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第1話 役割 (投稿時テーマ 海外)

 僕の新婚旅行にクレームをつけたのは祖母だった。
 遠方への旅はとても不吉で、ましてや海外など以ての外だと言い放った。
 母も婚約者も困ってしまって、三人で祖母を訪ねた。
「何でだよ、ばぁちゃん」
「お前はここを離れちゃいかんけん。外国に行くなんぞ不遜の極みやい」
 僕は要領を得ない。
「これまでだって、何度も海外旅行に行っているんだよ。行くたびに、ばぁちゃんだって、お土産を楽しみにしていたじゃない。
 なんで、今度は駄目なんだよ」
「お前が当主になったけん。
 お前は、もう主として持ち場を守る立場になったとおよ。
 守るべき持ち場を離れて、いざとなった時にどうするつもりじゃい。
 その事、分かっておるのか」
 僕は納得し、苦笑するしかなかった。
 僕の家は古い系譜をもつ本家筋だ。ずっと、この地で家を守ってきた。
 僕も、また、家を守っていく事になる。それについて異存はない。
 そして、一昨年、父が急死してからは、僕が当主を担っている事も事実だ。
 喪が明けて、婚礼をあげたら、ますます色々な柵に縛られていく。僕だけでなく、婚約者もだ。
 だからこそ、彼女には最後の自由な時間を堪能させたいと思っていた。
 僕は、その事を懇々と祖母に説いた。
 随分と抵抗していた祖母もついには折れた。
「そこまで言うのならば、ちゃんと覚悟して行きんさい。
 とりあえず、気休めかもしれんがぁ、神棚の奥にある護符をすべて表に出して、床の間に伏しておかんね。
 そして旅行している間、床の間は開かずの間にしとくんよ」
 それで祖母の気がすむのならば、と僕は素直に首肯した。
 実際、旅立つ朝、祖母の言葉に従って、神棚から護符を取り出し、床の間の畳の上に綺麗に並べ、家族に対して立ち入るどころか襖も開けてはならないと伝えた。
 僕たちのヨーロッパ旅行が半ばに差し掛かった時だった。日本から大変なニュースが飛び込んできた。大きな地震が発生したという。しかも、僕の住んでいた地方が震源だった。
 やっとの思いでつながった電話先は、我が家ではなくて、別の地に湯治に出向いていた祖母の携帯だった。
 身内は皆、無事だと教えてくれた。
「だから、行くなと言うたのにい」
 祖母が諭すように言った。
 要領を得ない風に理由を訊ねる僕に、祖母は少し慌てた様に問い質して来た。
「お前、親父殿から何も聞いてなかったのかい」
「何もって、何を」
「あの馬鹿がぁ、ちゃんと伝え取らんかったのかい」祖母が嘆く。「ええかい。お前、要石になっとったとよ。うちん筋はね、代々、地伏せの筋での。当主は、その土地から離れずに、ナマズの頭を押さえるのが役目だったとうよ。お前、その事、聞いとらんかったのか」
 その話に僕は呆然としながら、一言だけ答えた。
「ぜんぜん」

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