第50話 娘が生まれた日。それは初めて魂魄を切り刻んだ日。
二十年前の寒い日。
その日の正午、娘がこの世に這い出てきた。
娘の持つ「光」は、ヒトのそれではなかった。
化け物と呼ぶにしても、光々しかった。
それは、神の類と呼ぶ方が良いものだった。
ヒトの世に、このまま放ってはいけない「光」だった。
正であれ、負であれ、灰汁の強いもの、圧の強いもの、は物事を歪め狂わせる。
だから、娘に節(みさお)と名付けた。
知らぬ者には「礼節をわきまえて、季節の移ろいに心躍らせることが出来るようにと願って」と説明した。
だが、「節」の本来の意は「型枠」である。
ヒトの世の理を染み込ませるために、「光」を型枠に納めた。
「光」は大きすぎて、型枠に入りきれなかったので、八つに割ってそのひとつに「ヒト」と名を付けて、型枠に納めるとにした。
私は、型枠の中のものだけを娘として育てることにした。
「光」は、割られることを惜しみ、抗った。
なので、私はそれらに説いた。
娘の中にヒトとしての理が根付いたとき、各々をまたひとつに合わせよう。それを約束しよう。
私は約束の担保として、私の魂魄と素養とを砕き、それらに割り振った。
これらを各々に預ける。いつかひとつに戻るときに返して欲しい。そう伝えた。
恐怖と豊穣とを割り振ったそれに、私が積み行く筈だった財を。
渇望と歓喜とを割り振ったそれに、私が紡いでいく筈だった血縁を。
慈悲と冷静とを割り振ったそれに、私が練り上げていく筈だった思想を。
好奇心を割り振ったそれに、私の留まることを知らぬ思考を。
諦観と均衡とを割り振ったそれに、私の中で渦巻いていた切望を。
享悦を割り振ったそれに、私と眷属とを繋いでいく筈だった契りを。
怒りと哀しみとを割り振ったそれに、私の中で叫び続けてきた怒号を。
そして
ヒトとして型枠に填められたそれには、決して拭い切れぬ孤独を。
分け与えた。
その結果、私は、様々な大切なもの削り落としながら、失いながら、娘を育てた。
今年、娘は二十歳になる。
先日、娘が新しい名を見つけたと言った。
私は、娘から節を外した。
娘は、新たに歩き出しつつある。
私は、預けていた担保を受け取った。
覆水をどこまで手元に戻せるのか、それについて見当がつかない。
だが、延々と足掻いていくつもりでいる。
せめて、傷つけ続け、瀬戸際に立たせ続けた眷属たちを癒せるくらいの覆水は、是が非でも掻き集めたい。
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