見出し画像

いわさきちひろの素顔

私の両親はどちらも絵画が好きで、日頃の会話でも絵の話題になることが比較的多かった。建築設計士だった父は自分でも絵を描く人で、一方の母は純粋に絵画鑑賞を趣味とする人で。週末になるといつも2人でNHKの「日曜美術館」を見ては、感想を話していた気がする。父が事務所としていた自宅の一室には、様々な画家の画集や展覧会の図録などが多々置かれていた。今になってみれば、実家で過ごした18年間の間に、そうした良質の作品にもっと触れておけば良かったと思うのだけれど。

いわさきちひろは、そんな両親が共に好きな画家の1人だ。「童画家」と呼ばれることもあった彼女の作風は、非常に優しいタッチで透明感のあるもので、描かれた子ども達の愛らしい表情に心を洗われた経験のある人は決して少なくないだろう。

本書はいわさきちひろが自ら綴った手紙や日記、エッセイなどをまとめて収録したものだ。私は本書のあとがきで初めて知ったのだが、彼女は20歳の頃に婿養子を取って結婚したものの、どうしても相手を愛することができず、頑なに夫婦関係を拒み続けた結果、相手が自殺してしまうという悲劇に見舞われている。ただ、本書に収録されたちひろの文章にはその頃のものはなく、30歳を過ぎた頃、後に2人目の夫となる松本善明と出会って以降の文章のみで構成されている。こうした背景を知るだけでも、今までは描かれた絵画のみを通して触れてきたいわさきちひろという画家の知られざる一面を垣間見るようで非常に興味深いのだが、本書に収録されている文章の1つひとつを読み進めていくと、絵画だけではない彼女の魅力が感じられて、非常に味わい深い。作品から想像していたよりもタフな女性であり、彼女の作品を特別なものとしている子どもへの愛と優しさもさることながら、その文章の端々にある種の力強さのようなものが滲み出ている。

いわさきちひろという画家に少しでも興味があるならば、是非本書を手に取ってみてほしい。戦後の動乱期において、ただひたすらに子ども達を見つめ、絵で生き抜いた逞しい1人の女性の言葉に触れることで、いわさきちひろという画家をきっと再発見できるはずだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?