救世主

 「おいおい、ここはどこだい…。俺はさっきまでミッションをこなしていたはずなんだがな。」

 黒いハットに、黒いネクタイ。黒いスーツに、黒い革靴を履いたスタイルの良い黒尽くめの男が、目にかけていた黒いサングラスを上げながら言った。

 星の数ほどの提灯が連なる、狭い迷路のような路地が密集した繁華街のビルの屋上の一角に男はいた。そしていつも通り、標的の頭に寸分の狂いなく狙いを定めていたのだった。男はいつも通り、スナイパーのレンズ越しに標的を見つめていた。あとはいつも通りに冷酷に引き金を引くだけだった。

 だが、突然、まるで紙芝居が次のページへと変わるように右目の端から見たことのない寂しい風景が無理やり割り込んできた。その風景はスライドしながら右目の端から左目へ、その風景を徐々に目の前に映し出した。

 いつもなら標的を見逃さないよう、必ずスナイパーから目を離さない彼も、その異様な状況に対する耐性はなく、すぐにスナイパーのレンズから目を離し、目をぎゅっと瞑って、もう一度その目をゆっくりと開いた。

 だが、風景が切り替わるのは止まらなかった。

 視界に広がる世界には提灯なんて煌びやかなものはひとつもない、あるのは何年も前に滅びた文明が作り出したような、寂れて風化した街のような風景だった。

 昔は住居だったであろう、石の残骸がそこら中に残っていた。それは、少し触ると崩れそうなほど風化していた。

 寂れた町には寂しい風が吹いていて、さらにこの地の寂しさを助長させた。風は砂を巻き上げながら、空へと舞い上がっていった。

 「はぁ、一体何がどうなってやがるんだ。夢でも見てるのか。それとも殺りすぎてとうとう脳がおかしくなったか」

 男は少し焦る素振りを見せながらも、心は平穏を保っていた。異常事態では、焦った奴から死ぬ。それを男は体で理解していた。

 「さて、どうしたものか」

 独り言を呟きながら、小さな路地を彷徨い歩く。路地に風が吹き込み、ヒュウと鳴る音以外に何も聞こえない。周りに生命体がいる気配は感じ取られなかった。目の前には灰色の景色が広がるばかりだった。

 その時、頭に稲妻が落ちたような衝撃が走った。頭を抱えたが、痛みはなかった。脳内にノイズが響き渡り、やがて地球の言葉が流れ始めた。

 「あぁ、すまないね。調整を少し間違えたかな。ビックリさせてしまっただろう。さて、この翻訳は君の星、地球の言語になっているだろうか。なっていたら、何とでも反応してくれ」

 サッと周りを見渡しても、そこには誰もいない。声だけが頭に流れている。とても不思議な感覚だった。

 「聞こえているようだね。では、返事をしてくれ。このままだと翻訳が上手くいっているのか、分からないからね」

 相手の声は優しく、羽毛のようにフワッとしていた。男は警戒の念を一切解かず、相手に返事をした。

 「あぁ、聞こえている。翻訳は正しくされているようだ」

 「そのようだ。私も君の言葉が理解できる。さて、まずは突然こんな場所に連れてきてしまってすまないね。ここは、かつて文明の発展を極めた星でね。まぁ見ての通り、文明を極めたら後は衰退するだけだからね、遠い昔に滅びたんだが…。君をここに連れてきたのは、君が住む星、地球を、地球人自身の手で守ってもらうために呼んだと言うわけさ。と言っても説明が足りなさすぎるね。一から説明しようか。まず、君の住む地球。これは宇宙全体を見渡しても相当に美しい星だ。生命体が生きるのにとても適しており、見るもの全てが色づき美しい。こんな美しい星、皆欲しいと思わないかい。思うんだよ。君達地球人も美しいものや価値あるものは欲しいだろう。それと同じさ。色々な星の生命体がこの地球を欲しがっているのさ。手に入れるためにはどうするか。簡単なのは戦争だね。だが、戦争は遺恨しか残さない。そう分かっているから、どう地球を我がものにするかどの星も決めあぐねていたんだよ。そこで、星の代表者が集まり話し合う宇宙会議で、一つの案が出たのさ。地球を手にしたい星が、自星の戦士を出し合って、戦わせる。そして、最終的に勝った星が、地球を手に入れると」

 優しい声の説明は、息を切らすことなくたんたんと続いた。

 「それは勝手すぎ…」

 「そーう。それじゃ勝手すぎるよね。地球人が知らない間に地球のことを勝手に話し合って決められるんだから。それじゃ、野蛮な地球人が怒ってしまうよと、こうなった訳さ。だからこその君さ。君がここにきた訳は、君が地球人代表となって彼らと戦うのさ。戦い方のルールはこの二択から君に選んでもらう。一対一で戦うトーナメント戦か、それとも最後の一人になるまで乱戦で戦い合うのか。さぁどっちがいい」

 話はトントン拍子で進んでいき、喋る隙も与えられず、気がつけば男は重大な決断を迫られていた。男は呆れながら口を開き言葉を発した。

 「おいおい…。本当に勝手な話だな。その話自体信じていいものか疑わしいものだが、まぁいい。その決定はもう覆すことはできないのか。俺たち地球人にも意見を言う権利があるはずだが」

 「すまないが、君達にある権利は先程問うた、トーナメントか乱戦かを決める権利しかない。それ以外の権利はない」

 「俺がこの戦いから下りたらどうする」

 「何も変わらない。地球を守る者がいなくなっただけ。残された者で戦い、地球の保有星を決める」

 「何故俺を選んだ」

 「君が地球で一番、生命体の命を絶った経験が豊富だったからだよ」
 「それは安直すぎるぜ…」

 男はそう言いながら、口を黙、一瞬間を置き、また口を開いた。

 「乱戦だ。乱戦を希望する」

 「乱戦だな。では、星々の代表者を今、この戦いの場に呼ぼう。この星はそこまで大きくない。そう時間の経たない内に結果は分かるだろうね。では、健闘を祈る」

 少し強めの風が背中を押すように吹いた。優しい声は、もう聞こえなくなっていた。

 「もう、始まったのか…?」

 男の脳内は、既に戦闘モードに切り替わっていた。

 辺りを見渡し、気配を感じとる。音、風、視線、空気、その全てを五感で感じ取り、異変を察知する。そして、自らの気配は完全に消し、ゆっくりと移動する。

 男は近くにあった建物の上階へ上ろうとした。だが、サッと周りを見渡すと、階段はなく、上へ昇るための手段がないようだった。

 男は気配を殺したまま、建物内の散策を始めた。上階の床が抜けて上の様子がちらほらと見えるが、やはり、上へと昇る手段は見つからなかった。気になったのは、建物の随所に用意されていた、円形の台座のようなものだった。それは、抜けた天井から見える二階の床にもところどころにある様子だった。

 一通り探索を終えた男は立ち止り、てどうしたものかと考えた。目線を四方へ泳がせながら、どう生き、どう勝ち抜くかを考えるために脳がフル回転していた。

 その時、ふと目の端を何かが掠めた気がした。窓の外に微かな気配を感じた。

 男は音を立てずスッと腰を屈めて、ゆっくりと窓の外に焦点を合わせた。すると、確かにそこには動く何かがいた。

 窓の外に見える物体は、人間の握り拳よりひと回り大きな乗り物のようでふわふわと浮いていた。それはゆっくりと前に進みながら、周りを全く警戒していないような様子だった。

 目を萎めて、動く生命体に焦点を合わせた。その姿は頭に触覚が三本ついているのと体全体が黄色なこと以外はほとんど人間と同じような形をしていた。ただ、顔と思われる場所には目や鼻は無く、小さな顔の半分を占める大きな口が絵に描いたように付いていた。

 男はすぐスナイパーを持ち、その生命体へと狙いを定めた。目をスナイパーに近づけ、同時に手をゆっくりとスライドして、ピタッと止めた。男は一度狙った獲物は逃さなかった。それは目の前にいる地球外生命体も例外ではなかった。

 タンッと小さな乾いた音が鳴った。それと同時に対象の乗り物は体制を崩し、よろけるように一瞬ふらふらと落ちたように思えた。だが、すぐに元の体制へと戻り、生命体の口だけが顔の表面を移動するようにグルンとこちらを向いた。

 男はすぐに身を屈めた。そして、額に何十年ぶりの冷や汗を一滴かいた。
 男の持っているスナイパーは、世界最強と謳われていた銃だった。プラスチックでできたように軽く、その反面象が踏んでも潰れないほど丈夫だった。さらに、弾丸の威力を変幻自在に操ることができた。最大威力は何本もの大木をいとも簡単に貫通するほどの威力と、それを何度でも実行できる連射機能があり、一万発ほどの弾を込めることのできる弾倉を備えていた。だが、使いこなすには使い手の類まれなる才能が必要だった。この銃を扱えるのは地球上どこを探してもこの男しかいなかった。

 その銃の最大威力の弾丸が相手に通用しなかった。これで、既に男の武器は失われたも同然だった。きっとこちらのいる方向も今の攻撃でバレただろう。早くここから逃げなければならない。そう考えながら、男はゆっくりと立ちあがろうとした。

 その時、ふと背中に違和感を感じた。少し風を感じた気がしたのだった。何故、が頭をよぎると同時に後ろを振り返った。すると、今までもたれかかっていた壁の真ん中あたりがどろっとした液体となって、大きな穴が空いていたのだった。そして、その向こうには、大きな口をさらに大きくしてこちらを見ている謎の生命体がいた。

 「クソッ」

 男は一気に走った。建物内の障害物を駆使し、上手く相手から身を隠すように走った。後方からは、何も聞こえず、追いかけてきているのかどうか分からない。それが男の不安を余計に煽った。その不安から逃れるようにフッと後ろを振り返った。後ろには誰もおらず、逃げてきた道や障害物が見えるだけだった。

 建物を出た男はそのまま他の建物に隠れようと考えた。と、その時、今までいた建物の一階部分がレーザービームのような光で一気に溶け、建物全体が均衡を崩し、そのまま崩れた。

 男は、崩れた建物を小さな丘の上から少しの間見つめてしまっていた。そんなことをする余裕などない事は頭で分かっていながら、その光景に唖然としてしまったのだ。

 すると、建物の影から小さな何かが目に見えぬ速さで上空に上がった。それは、さっき見た、大きな口を持った生命体の乗り物だった。乗り物から紫と緑の光線が出てきて建物を照らした。照らされた建物は透けて見え、崩れた建物内に誰もいないことを知らせた。そして、すぐに男のいる方へと機体を向けた。どうやら何かしらの方法で男の存在を見つけたらしかった。

 「フッ」

 男は息を一気に吐き、腹筋に力を入れた。汗が少しずつ流れ出てきていた。緊張はずっとトップピークだった。

 相手から何か弾丸のようなものが発射された。速度はそれほど早く無かったが、男は手に持っていた銃でとっさに、その弾丸から身を守った。すると、その銃は一瞬のうちに溶けて無くなってしまったのだった。

 それを見た瞬間、男は近くにあった石をいくつか手に持ち無我夢中で一気に丘を駆け降りた。その間、放たれる弾丸から身を守るように、石を後方に放り投げながら走った。

 無事に駆け降りた男は、また、近くの建物内へと逃げ込んだ。今まで連れ添ってきた相棒の死に心を悼める時間すらなかった。

 男は、何年振りかに息を切らしていた。それは、庭で思い切り駆け回り主人の元へと帰ってきた子犬の姿のようだった。

 死を間近にした脳は常にフル回転し続けて、生きる道を模索し続けていた。幾度となく脳内で出される解は今のところ全て死に繋がった。

 音もなく忍び寄る相手への恐怖は、男を敏感にさせた。追いかけてきているのか、きてるならどこから現れるか。また建物を全て崩すのか、ならば建物に違和感はないか。相手が攻めてくる方法の、あらゆる可能性を肌で感じ取ろうとしていた。

 次の瞬間、相手は上空から天井を貫きながら一気に男の目の前へと現れた。大きな口をさらに大きく開け、一気に弾丸を、男に向かって放った。男も咄嗟にかき集めていた石を大量にぶちまけた。石に弾丸が当たり、どんどん石が溶けていった。男は石に隠れるように腰を屈めて、一気に相手との距離を詰めた。相手との距離はもう手の届く距離だった。

 一瞬早く相手が男に向かって一発の弾丸を放った。それは男の肩へと着弾した。と、同時に男は弾丸の当たった肩とは反対側の腕を伸ばし、小さな機体を、掴み床へと叩きつけた。弾丸が当たった側の腕も存在していることに気づき、床に叩きつけた機体を両手で鷲掴みし、銃口を避けながら振り回し、床や壁に無我夢中で思い切り叩きつけた。

 機体から抵抗するように弾丸が発射されたり、掴まれた手から逃れるようにもがいていたが、男は逃さないように機体をグッと掴み無我夢中で壁に叩き続けた。中にいた生命体はある時を境に、大きな口を閉じ、グッタリと内側にもたれるように項垂れた。

 男はそれに気付きながらも、何度も叩きつけ、内部に大きな衝撃を与え続けた。機体は潰れる事はなく、傷ひとつ付いていなかったが、中の生命体は、衝撃に身を任せるように、壁や床に叩きつけられると同時に首をグワングワンと回し、触覚から黄色の液体を流していた。

 男は十分ほどこの行為を続けた後に、息を切らしながら止まった。そして、何度か手に持った小さな機体を揺らし、中の生命体が完全に動かないことを確認してから、床に座り込んだ。床の周りには石の溶けた残骸と、溶けたスーツの端切れがあった。それが、肩に当たった弾丸によるものだとその時に気づいた。

 「弾丸に当たった対象を溶かすだけ…か」

 生肌に当たらなくてよかったと、心底感じた。よく見ると機内の生命体は服を着ていなかった。恐らく、服という概念がなかったのであろう。相手にとっても、男が服を着ていた事は予想外だったに違いなかった。

 「命を懸けるってことがこんなに怖いなんてな。今まで考えたこともなかったよ。ははは…。あぁ、生きるってのはこういうことなのかも知れないな」

 男は悟ったように呟いた。それと同時に、これがまだ続くのか…と小さく溢し、無防備に寝転び眼を閉じた。




 





 男はいつの間にか眠りに落ちていた。急激な緊張と恐怖と興奮により、体は極度に疲労していたのだった。周りの明暗は眠る前と全く変わらず、自分がどれくらい寝ていたのか全く分からなかった。

 男にとってこれほど深い眠りに落ちのは久しぶりだった。彼は殺し屋になってからもう何年も浅い眠りの中を彷徨い続けていた。この眠りのおかげで、ここにきてからどっと溜まっていた疲労はいくらか回復することができた。とは言っても、肉体的な疲れではなく、そのほとんどは精神的なものだった。とりあえず、建物外に出てみると、少し遠くの方で大きな音と、大量の粉塵が巻き上がった。地球を欲しいままにする者達の争いらしく、何かを放つ音や、爆発音など、色々な音が聞こえてきた。

 男はその方向を見ながら、何もない自分がこれからどう動けばいいのか決めあぐねていた。逃げることもできない、と言っても戦うことすらままならない。今あるのは、死んだであろう出会った頃より体中が土気色に染まった小さな地球外生命体の乗った機体だけだった。地球人の肉体的な無力さをこれほどまでに痛感する事は今までなかった。地球上では人間の脳の大きさがここまで文明の繁栄を極めたわけだが、その脳すらも彼らの方が優っている可能性があった。今も我が物顔で地球人を闊歩している人類が、もし急に地球は自分達のものではないと言われた時どうなるんだろうと想像しながら、視線を遠くに向けて少しニヒルに微笑んだ。

 「とりあえず、隠れていても仕方がないだろう。争いが終わらないうちに、相手がどんな奴なのか見ておこう」

 争いの音鳴り止まぬ方向へと男は駆け足で向かった。深く眠ったおかげで、足は随分軽く、いつもより軽快に走ることができた。

 近づけば近づくほど、音は大きくなっていった。男は進んでは隠れ、また進んでは隠れを繰り返していた。ある程度近づくと、何かが風を切る音や、圧縮する音など、どんな攻撃をしているのか得体の知れない音まで聞こえてくるようになった。

 音にかなり近づいた。男はまた近くにあった建物内へと隠れた。すると、急に音がピタッと鳴り止み、一気に静寂の嵐が男を強引に包み込み、無音がうるさく頭に鳴り響いた。

 一滴の汗を額から流した。何が起こっているのか全く予想ができなかった。そんな状況で命を狙われる恐怖は、想像を絶するほどの精神的苦痛だった。

 キーンと静寂が鳴り響き続けている。少し遅れて鼓動が体内に響き渡る。ドゥン、ドゥン、と血が全身に巡る。

 「ハハァ」

 静寂の嵐を破る一声が、耳元で囁いた。男は大量にでた汗を散らしながら後ろを振り返った。だが、そこには何もいなかった。手元の死んだはずの生命体かと思い手元に目線をやるが、その生命体は変わらず死んだままだった。

 「クキキキキ」

 また、耳元で聞こえた。男は背中を取られぬよう壁にぴたりと背を貼り付けた。声の主が何か分からないが、目に見えない何かが自分を認識していることだけは分かっていた。そして、そいつは俺が地球人だということを…。

 「誰だ。どこにいる」

 男は何もいない空間へ話しかけた。すると一瞬の間を開けて、何もないところから声が聞こえた。

 「誰だ。どこにいる」

 「お前は、俺の言葉を理解できるのか」

 「お前は、俺の言葉を理解できるのか」

 男はため息をついた。

 「真似をできるだけか…」

 「真似をできるだけか…。お前は俺の言葉を理解できるのか。お前は誰だ。お前はどこにいる」

 今まで男が発した言葉を繋ぎ、組み合わせ、無は地球の言葉を発した。男は無言のまま何もない場所を見続けた。

 「どこにいるか理解できるか」

 これは問いかけているのか。男は問いに答えるように続けた。

 「分からない。どこにいるんだ姿を見せてくれないか。君は俺に問いかけているのか」

 「俺は君に問いかけている。君は俺の姿を見るか」

 男は唾を飲み込んだ。会話が出来るかも知れない安心感は、底知れない安堵を男に与えた。

 「見る。見せてくれ。そして、もし会話ができるなら、話し合いたい。俺は急にこの戦いに参加させられた。そっち側の勝手な都合でな。これは、あまりにも不平等じゃないか。そうは思わないか。お互い、何かいい落とし所があるはずだ。君達も高度な文明を持っているならば、武力ではなく、話し合いで解決しよう」

 すると、何も空間に、黒い点が現れた。それは一気にブラックホールの渦のように展開され、様々な色を混沌とさせながら、どんどんと形になっていった。そして、作られた姿形は、男と全く同じような姿だった。頭が異様に大きいこと以外は。

 「何だ、頭だけ異様に大きい俺…。気持ちが悪いな…。君は生命体なのか」

 「俺に固定の姿はない。頭を大きくしたのは君の言語を一瞬で理解するためだ。会話をすればするほど、俺は君と話せるようになるだろう。君は俺と会話をしたいんだな。会話しよう。俺に問いかけろ」

 「君たちは何故地球が欲しい」

 「俺達が地球が欲しいのは、欲しいからだ」

 「地球人のことを考えた事はないのか。あまりにも勝手すぎないか。違うかい。もっとお互い、いい落とし所がないだろうか」

 「いい落とし所はない。地球人が地球を持っているのと、俺達が地球を持っているのに違いはない」

 「俺は今まで多くの人間を殺してきたが、いざ自分が死を目の前にすると案外怖いんだな。生にしがみつこうとしやがる」

 「死を怖がる事はない。生も死も違いはない」

 「君は俺を殺すだろう」

 「俺は君を殺す」

 「…。まだ話してもいいか。もう少しだけ」

 「少しだけだ」

 「君以外の敵はどうなった」

 「俺以外の敵は俺が殺した」

 「さっきの激しい戦闘で最後だったのか。大きな音がたくさん聞こえてきたが…。俺はあの争いの音を聞いてここまできたんだ」

 「あの音は君を誘き寄せるために俺が出した音だ。俺以外の敵は俺が殺した」

 「そうか。まんまとのせられたわけだ…」

 「…。少しだけが過ぎた。殺す」

 相手の腕が渦巻きのように巻かれ、鋭い太刀の形に変形した。そして、一瞬のうちに男に突き刺した。だが、その一閃は男の体を引き裂く事はできなかった。太刀と男の体の間には、小さな機体があったのだった。いくら床に叩きつけても傷ひとつ付かなかったあの機体が。太刀の刺さった機体に少しヒビが入った。

 男は機体をしっかり掴み、目の前にいる生命体から目を離さず次の攻撃に備えた。男が足を動かそうとした時、体だけが倒れるように床に落ちた。足だけが目の前で立ったままだった。足から血が噴水のように吹き出ていた。
 男は死を悟った。最後の足掻きに手に持ったヒビの入った機体を相手に投げつけた。男にはすでに踏ん張る足がなく、投げられた機体は弱々しく相手へと向かっていった。だが、それも次の一太刀で完全に破壊された。

 機体からピンクの液体が弾け飛び、それが男と目の前の生命体に飛び散った。

 男は掠れゆく視界の中で、自分の足が溶けていくのを見た。それが意識のなくなる前に男が見た、最後の光景だった。
 









 「やぁ、おめでとう。まさか地球人の勝利だなんてね。誰も想像していなかった展開になってしまったようだよ。いや、素晴らしい。これだから生命体は面白いんだ。奇跡を見せてくれるからね。生命というものは時に摩訶不思議な経験を僕たちにもたらしてくれるよ。さて、疲れただろう。もうすぐ君の意識は、地球にいる君の体へと戻るよ。ん?あぁ、精神が死を認識していないから大丈夫だよ。君は死んでなんていないよ。うん、その通り。ここに来る前と何ら変わらない君さ。さてと、君が生きている間はもう会う事はなさそうだね。少し残念だ。もうそろそろ地球に着くよ。では残りの命を楽しんで生きていってね、勇敢な地球人代表の戦士さん」

 目を開けると、そこはいつも通りの雑多な街並みがあった。星の数ほどに灯る提灯の灯りが街を生かしていた。

 空を見上げると、異様な形をした光が小さなビックバンのように破裂し、空間の中へ溶け込む様子が見えた。

 狙いを定めていたはずの標的はもうすでに消え去り、この雑踏の中から探し出す事は不可能だった。が、男にとって、もはやそれは取るに足らない事だった。

 「初めて、仕事をすっぽかしてしまったな」

 男はニヒルに微笑みながら、自分の足があることを確認して安堵する。周りにあった仕事道具一式を黒い革の鞄に綺麗に整頓しながら詰め、それを背負ってハットを被り直した。横目で、再度街の雑踏を眺めた。そこに自分が守ったものが確かにあることを確認するように。

 屋上のドアに向かい、そっとノブを回して、建物内へと入った。街並みに溢れていた赤黄色の煌びやかな光の渦から一転し、屋上の階段室の小さなエントランスは暗闇に覆われていた。

 建物内に入り、ドアを静かに閉めた。男は小型の懐中電灯を取り出そうとした。その時、男が照らすより先に階段下の踊り場からいくつかの光が男に対して降り注がれた。男は一瞬眩む目を腕で覆い隠し、薄目で光の出ている方向を見た。

 「よぉ。ようやくお縄の時がきたようだな。何故お前ほどの慎重な奴がここに長居していたかわからないが、もう逃げる事はできない。この建物は四方八方全て包囲している。死刑までの間、今まで殺してきた連中にあの世で懺悔する練習でもしておくんだな…」
 
 
 
 

 

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