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「悪い円安」を言う「残念な人たち」

経済に詳しそうな新聞やニュース番組などで、「悪い円安」という言葉を最近よく耳にします。
この言葉を使う方には似通った点があります。経済に詳しそうな人が「悪い円安」と言ったとしても、鵜呑みにしないようご注意ください。

■ポイント
1. 金融政策は経済安定化に割当てるべきもの
2. 原油や食料品など個別価格高騰には財政政策(減税や補助金など)を割当てるべき
3.  「悪い円安」を主張するメディアや"識者"は、金融緩和に否定的な方がズラリ(日経新聞や金融機関関係などの"エコノミスト")
4. 「悪い円安」を言う人は金融政策を引締したいか、そのような言説に釣られてしまった残念な方が多い

流行する「悪い円安」

「悪い円安」というキーワードは、どんな時に流行するのでしょうか。

Google Trends で2007年以降で調べてみました。2012年12月に49件と伸びています。安倍晋三議員がデフレ脱却を掲げ、衆院選で政権に返り咲いた時期です。

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そして、2022年の3月が49件、4月は18日までで100件と急激に伸びています。

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日本経済新聞社で、日銀キャップのご経験がある後藤達也氏も note 記事で取り上げられています。
(*1) どうする日銀?財務大臣「悪い円安」 
https://note.com/goto_finance/n/n696338dfce24

経済に詳しそうな新聞「日本経済新聞」のWebサイトで2022年の3月~4月18日時点の記事を検索すると、36件の記事がヒットしました。編集委員の小栗太氏が書かれた記事があります。
(*2) 20年前の円安、黒田氏の脳裏よぎるか: 日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB1347Y0T10C22A4000000

小栗氏は記事(*2)の中で、

なぜ「悪い円安」と主張しないのだろうか 

と、黒田東彦日銀総裁に批判の矛先を向けています。
黒田日銀総裁は「円安は日本経済にとってプラスの効果の方が大きい」と主張されています。

ドル円レート

1980年以降のドル円レートを見てみましょう。

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最近の円安が「さざなみ」程度にしか見えないので、2007年以降に絞って見てみましょう。

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日次のデータで2007年以降のドル円レートの推移を見てみましょう。
出典:Yahoo! ファイナンス
アメリカ ドル / 日本 円【USDJPY=X】:外国為替 - Yahoo!ファイナンス
https://finance.yahoo.co.jp/quote/USDJPY=X/chart

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わが国の経済・物価情勢と金融政策

日本銀行金融政策審議委員の野口旭氏の講演資料から、日本経済の物価情勢と金融政策を見てみましょう。
(*3) 熊本県金融経済懇談会における挨拶要旨( 2022年4月7日)
https://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2022/data/ko220407a1.pdf

“国内的には、昨年後半からの輸入物価指数や国内企業物価指数の急上昇として現れています(図表5)。ちなみに、このエネルギーや原材料 の価格上昇による交易条件悪化は為替の円安と結びつけられることが多いのですが、円安の影響は実際にはきわめて限定的にすぎません(図表6)”(*3)

出典:野口旭氏講演資料 図表5
出典:野口旭氏講演資料 図表6
出典:総務省 消費者物価指数

野口旭氏が言及されているように、企業物価指数は上昇しています(図表5)が、消費者物価指数を見ると(携帯料金の下押しが約1.5%あるとはいえ)、米欧のような物価高騰とは言えない状況です。
また、「悪い円安」と言われますが、交易条件の悪化は原油価格の高騰による影響が大きく、為替要因は、ごくわずか、ということが分かります。

日本の物価上昇が米欧と比べて低いのは何故でしょうか?
野口旭氏によると
“現状では、こうした輸入原材料の価格上昇は、エネルギーを除けば、川下の小売価格にはそれほど転嫁されてはいません。確かに食料品等では原材料コスト上昇による値上げの動きが拡大していますが、その影響は数字的にはまだそれほど大きくはありません。それは、内需の回復が十分ではなく、企業にとって製品価格へのコスト転嫁が難しい経済状況が依然として続いている現れとも言え ます。”(*3)

内需の回復が十分でないことは、内閣府が公表したGDPギャップがマイナス3.1%(約17兆円)と、需要不足が続いていることからも推し量ることが出来ます。

出典:内閣府

このように内需が弱いのは、政府・財務省による財政支出が小出しであったり、負担増の話題が出ることなどが原因として考えることが出来ます。米国は財政支出と金融緩和のアクセルを踏み過ぎて、物価高騰や賃金上昇が起きています。

資源価格や食料品価格の高騰を、円安のせいにして、金融政策を引締めようというのは、需要不足の日本には適しません。消費減税や給付金、補助金などの財政支出による対応や、エネルギー源の多様化により電気代を下げるなどの対応が考えられます。

財務省・岸田文雄政権では、財政支出が不十分で、ガソリン税の暫定税率に関するトリガー条項の凍結解除すら、「検討」のみで対応しません。
また、企業には賃上げを要求するのに、財務省・岸田文雄政権の経済対策は後手後手に回っています。

鈴木財務大臣は
「円安が進んで輸入品等が高騰をしている。そうした原材料を価格に十分転嫁できないとか、買う方でも、賃金が伸びを大きく上回るような、それを補うような所に伸びていないという環境。そういうことについては、悪い円安ということが言えるのではないかと思っております」
と述べています。
十分に価格転嫁出来ないのは、財務省・岸田文雄政権の財政政策が、国内需要を十分に喚起出来ていないからです。
賃金の伸びが大きくないのは、総需要を拡大し、労働需要を拡大する財政政策が不十分であり、新型コロナ対策で「マンボウ」など行動制限を課し、消費を下押しした影響が考えられます。
そんなに賃上げをしたいのであれば、消費税率を引き下げれば、その分、実質賃金・所得が上昇します。是非、減税して欲しいものです。

財務省・岸田文雄政権・日銀による総需要拡大政策が不十分であるのに、円安を悪者にして、金融政策を引締しようとするのは、「ヤブ医者」と言われても仕方がないと思います。
鈴木財務大臣が言及した価格転嫁出来ない、賃上げが十分でないのは、財務省・岸田文雄政権の対応が不十分だから、とすれば、悪いのは円安ではなく「悪い財務省・岸田文雄政権」ということになります。

野口旭氏は
“エネルギー価格上昇に伴う一般物価の上振れは生 じていますが、エネルギー等を除いたインフレの基調それ自体はきわめて低い水準にとどまっています。それは、日本のマクロ政策上の課題が、インフレの抑制ではなく、依然としてデフレあるいは低すぎるインフレからの脱却にあることを意味します”(*3)

早過ぎる財政・金融政策の引締は、日本経済を低成長や不況、デフレへの道と言えます。

野口旭氏は、精緻な分析を通じて、米欧の経済状況と日本の経済状況の差異を明らかにしてくれています。

出典:野口旭氏講演資料 図表15

日米欧の消費者物価指数の要因分解の図を見ると、物価上昇の幅や要因が大きく異なり、この状況で金融緩和引き締めは、日本には適さないと思われます。

「悪い円安」と言う方を見たら、
①財務省や日銀、もしくは、その関係者ではないか?
②①からネタをもらう大手メディアや学者、エコノミストではないか?
などを見極めたうえで、取り扱い注意です。

"「マクロ経済学を学ぶ目的の1つは、ジャーナリストや評論家や政治家にだまされないようにするためである。」"
(ジョーン・ロビンソン)


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