日本茶デモクラシー。
私達がやりたいことは、「まずいお茶からの解放」と「誰でも美味しいお茶を飲める権利の確保」なんだ!
冒頭から、体温高めですね。すみません。
ですが、以前から思っていたことを、ここに宣言したいと思います。
【今、皆さんが飲んでいる日本茶は、最低品質つまり「美味しくない日本茶」である可能性が高いです。】
ほぼ、間違いないので宣言いたします。
茶業界に入って、はじめて日本茶が美味しいと思った話。
僕が、日本茶業界に入ったのは24歳の4月。(入ったきっかけは下にリンク張っておきますので、見てください。)
それまでは一人暮らし。お茶屋の息子であることは理解しているものの家業に興味はなく、お茶に対する特別な気持ちもありませんでした。お茶に触れる環境は皆と同じだったはずです。
「好きな日本茶は何?」と聞かれたら、
「おーいお茶」よりも「伊右衛門」です。と自信満々に答えていたし(笑)、家に急須などはありませんでした。「まぁお茶は、美味しいほうがいいけど。」ぐらいでこだわりなどありません。
いたって皆と同じお茶レベルでしょ?(笑)
そんな僕でしたから、24歳の4月。茶業界に足を踏み入れ、そこで丁寧に淹れたお茶の味わいにびっくりしたんです。しかも、同じお茶なのに、さえみどり・ゆたかみどり・あさつゆ等の「品種」ってものがあると知った時にもびっくりしました。
「おーいお茶」や「伊右衛門」の違いを語っていた自分が恥ずかしい。そして日本人に産まれながら(※僕の場合、お茶屋の息子…(笑)。)この味わいを知らないなんて、何と勿体ないことをしていたのだろう。灯台下暗しとは、正にこのことをいうのだ。
「眼鏡がない、眼鏡がない。」と眼鏡を1時間探している人が、頭にかけていたら面白おかしく感じると思うが、日本茶に関して、日本人は、この面白おかしい状況にあると感じた。けっして大げさな表現ではないと思う。海外の人たちから見たら、「そこに眼鏡あるじゃん。」って。
茶価の低迷問題。
茶業界に入り、頭をブチな抜かれたような感覚、日本茶の美味しさと素晴らしさを知ることができた初年度。
しかしながら、避けて通れない大きな問題が見えるようになってきた。最も深刻な問題が、数年にも亘る茶価の低迷である。
モノの値段というものは、需要と供給のバランスで決まるといっても過言ではない。ここ数年そのバランスが悪くなっているのは明らかだった。しかも品質が良いとされる1番茶の低迷が酷い。
農林水産省「茶をめぐる情勢令和3年6月」から引用
一昔前は、日本茶以外に飲み物の選択肢が少なく、家庭の当たり前の飲み物になっていた。現在は・コーヒー・紅茶・水・炭酸水など様々な飲料が増え、茶葉の消費量が減ったのでは?
ライフスタイルの変化によって急須で飲む日本茶は減り、ペットボトルの日本茶へ移行。ペットボトルのお茶は利便性に価値を見出した商品である上に安価で出回る為、どうしても茶葉の品質は後回しになっているのでは?
どの理由が正しいのか定かではない。ただ現実に茶価の低迷は続いている。茶価の低迷は、茶業者の売上・収入が少なくなることを意味する。それは、生産者だけではない、お茶に関わる商社、農機具メーカー、資材メーカーなど日本茶に関わる全てのメーカーが影響を受ける。
茶業界に足を踏み入れた2012年。僕は、美味しいお茶への感動と同時に、経営に苦しむ沢山の茶業者のたちを目の当たりにしたのだ。
これでは近い将来、美味しいお茶を安定的に供給できなくなるのではないか。
そもそも、美味しいお茶を買ってない問題。美味しくないから渋い、それを薄く淹れて、渋さをごまかしてる問題。
茶価の低迷問題には、ライフスタイルの変化だけではなく、もう一つ根本的な問題があることに気づいた。それは、そもそも美味しいお茶を購入していない。体験したことのない人が多すぎることだ。(僕もだった…。)
お茶は、客人が家に来た時にお出しするのが昔ながらの習わし。そのお茶はおもてなしの飲み物であるがゆえに無料が前提。そうなれば、景気の低迷に伴ってお茶に対する財布の紐は固くなる。実際に、茶の平均購入価格の推移をみれば顕著だ。多くの人は、格が落ちるとされる2番茶を飲んでいるに違いない。2番茶は、1番茶に比べて渋いのだ。
総務省家計調査からデータ引用
渋くて冴えないお茶の、渋さを抑えるにはどうすればよいか。それは薄く淹れることが最善の方法である。日本人は、無意識のうちに、渋みを抑えた薄いアメリカンのような日本茶を日本茶と認識しているのだ。薄く淹れると茶葉を使わない。茶葉を使わないということは、一杯当たりの茶葉消費量も少なくなる。茶価が安くなるのも無理はない状況だと思う。
本題。日本茶デモクラシーとは。
体験する場所がないから日本茶の素晴らしさを理解できない。素晴らしさを理解できないから、茶価が下がる。茶価が下がれば美味しいお茶が出来にくくなる。そして、出来なくなる。現実である。
素晴らしい体験をもたらしてくれる、素晴らしい日本茶が無くなっていいのか。それはあまりにも残酷で勿体ないこと。消滅してからでは遅い。
だからこそ、この負のスパイラルを変えることが、僕らにしかできないmissionだと思っている。
今現在の負のスパイラル
原因には目星がついている。それは、多くの日本人が、美味しいお茶を知らないこと、体験する機会がないことにある。
日本茶デモクラシー後の、正のスパイラル
すすむ屋茶店が創りたい未来。すべての人々が、最高の日本茶を体験できる環境をつくること。伝える場所を作ること。日本茶にとっての正のスパイラルを創り出すこと。である。
環境が整っていないばかりに、まずい日本茶しか味わうことのできない人たちを救いたい。美味しいお茶にはもっといいことがあることも伝えたい。「まずいお茶からの解放」と「誰でも美味しいお茶を飲める権利の確保」まずは、鹿児島の人たちを救う。そして次は東京自由が丘と徐々に、少しづつこの運動を広げて参ります。
僕はこの、最高の日本茶体験を日常化する、当たり前にするための民主化運動を「日本茶デモクラシー」と呼ぶことにしている。