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昇進した話

7月の終わり。
会社の上司二人から急に山登りに行こうと誘われた夏の真っ盛り。

「...日帰りっすか?」と願いを込めながら聞くと、二千メートルくらいの山の上にある山小屋に一泊するのだという。

…わぁ、めんどくせぇ、というのが本音だったわけだが、それで断るとあとあと職場でギクシャクしそうな雰囲気もあり、結局行くことにした。

朝8時に奥多摩駅集合な、と言われ、当日寝坊しないようにケータイのアラームとかを五分おきになり続けるようにセットし、無事起きて中央線に乗る。

一時間程電車を揺られ、立川駅を過ぎた辺りで上司Aが同じ車両に乗ってる事に気づいた。

声をかけると、「あ、俺今本読んでるからさ、スマホいじってていいよ」みたいな事を言われ、この人こういうマイペースなとこあるよなぁと思いつつ、お言葉に甘えて携帯をイジイジしていると、しばらくしてから隣で溜息が聞こえてきた。

携帯から顔をあげると、上司が本をしまって退屈そうに窓の外を眺めている。

あ、これは話しかけろって事かなって思って、「ここらへん、面白い名前の駅多いですよねー」って言ったら「そう?」って返ってきて、「...ほら、軍畑とか」というと「それ、おもしろい?」と返ってくる。

しーん。

話しの接ぎ穂を見失っていると「あ、あとさ、昨日雨降ったじゃん。山登り中止になったから」と思い出したように言われ、「え?じゃあ今日は何するんですか?」と聞くと「それは行ってから決める」と言う。

......あーあ、今日はいつ帰れるかなぁ、と、心で呟きながら、緑が多くなってきた車窓の景色を見つめた。

それから現地に着くと上司Bが既にいた。
一瞬、ヘリコプターでも担いでいるんですかと見間違えるくらいすごい荷物を背負っている。
これで本気で山に登ろうとしてたのだろうか、色々気になったが、もちろん聞けない。

天気はあり得ないくらいの曇天で蒸し暑い。
クーラーの効いた部屋でネットフリックスでも観てる方がいい天気である。

上司達の後ろをとぼとぼついていくと、「今日どうする?」「とりあえずキャンプ場行こうよ」という会話が聞こえてくる。

上司B「テント持ってるよ」

上司A「じゃあ泊まる?」

…オッサン二人と狭いテントで寝るとか絶対嫌だ。
...やめてくれぇ!やめてくれぇ!と思っていると、「ま、今日は日帰りだな」という事で話がまとまったようだった。

キャンプ場で一人千五百円くらい払い、薪と新聞紙を貰う。川原に行くと、上司Bは手際よくレジャーシートをしき、コンロで湯を沸かす。

ドラエモンみたいに何でも出てくるな、と思いながら見ていると、「お前カレー食べる?」と聞かれた。「あ、食べてきたんですよ」というと、あぁそう、と言いながらレトルトカレーをお湯で温め始める。

それからおっさん二人がカレーを黙々と食べている所を見物していると、「荷物、何持ってきたの?」と聞かれた。「着替えとか食糧とかです」といい終わらないうちに見して、と言われて、「いいですよ」といい終わらないうちにリュックを漁られる。

上司A「お、ソーセージあるじゃん。山の上で食いたかったなー。...あれ、これは?」

ほがらか「コンパスですよ」

上司A「コンパス持ってきたの?」

ほがらか「いや、遭難したら大変かなーって思って」
上司A「…そうだな、大事だよな。...おい、こいつコンパス持ってきたんだって」

上司B「うそ、コンパス持ってきたの?」

そう言いながら、二人は顔を見合わせてぷぷぷ、ぷぷぷ、と笑いをこらえ始める。


…くそぅ!と思いながら川を睨んでいると、雨がパラパラ降ってきたので荷物を橋のしたに移動させた。

上司二人はウィスキーをちびちび飲みながら、これからどうするー?ねぇどうするー?と話しをしてる。

また川の景色に目を移すと、遠くで若いカップルが渓流釣りをしていた。

上司B「あの背の高い方、女?」

ほがらか「そうだと思いますよ」

上司B「でも男の方より背高いし肩幅ひろいよ」

ほがらか「そういう人もいると思いますよ」

上司A「ねぇ、とりあえず焚き火しようよ」

こんなクソ暑いのに焚火かよ…と思いながら、命じられるままに薪をチェーンのようなノコギリで切る。

上司B「火を熾してから、ソーセージ食べよう」

さっきカレー食ったのにもう?と思ったけど。結局焼いた。

ソーセージの外側は皮がめくれたり裂けたりして美味しそうだけど、食べると中が生焼けだったりする。ナイフで切れ込み入れた方がいいかもなーと思いつつ、最後まで食べきった。上司Bは何故か刃物は持っていなかった。

一通り食べて飲み終わると本当にやることがなかった。
時間はまだ午前中。徹底的に暇だ。地獄である。

上司Aは焚き火で火をつけた木の棒を、発見した蟻の巣に突っ込みいぶしはじめる。上司Bの方はぼんやりとどこか一点を見つめ始めた。

「そう言えば、駅の近くに釣り堀ありましたよ」

僕がそういうと、それだ、となってその場から動く。
天候は曇天のままで非常に蒸し暑く、歩いているだけでも辛くなってきた。このまま帰らせてくれないかなーと思いつつ時間をかけて釣り堀に行くと、入り口に入る私道がロープで封鎖され、無情にも本日休業の看板がかかっていた。

また来た道をとぼとぼ引き返す。ついでに萌える工場があったから撮った。

結局、お土産屋で釣竿を千五百円で一本買い、それを使ってつることにした。エサは別買いでぶどう虫という芋虫。

交代で釣竿を川に傾けるも釣れる気配はない。
仕掛けが甘かったのか、早い段階で浮きが途中で外れてすぐに釣りはできなくなった。
残りの時間と餌の芋虫をもて余す。

それからまたたき火をしたり、石切をしたり、森山直太郎の夏の終わりを輪唱したりして時間をつぶした。

何もしない時間がただ過ぎていくのが、都会に疲れた僕達には必要……とか思うはずもなく、早く帰りたい、時間よ過ぎろ、とそればっかり考えていた。

夕方前になって、最後に温泉行こう。と言い出したのは上司である。

おっさん二人と真夏に温泉。裸の付き合い。絶対やだ。

ほがらか「あのう、僕、実はタトゥー入ってるんですよ。自分の好きなもの入れるといいって聞いたんで、右のお尻にハンバーグ、左のお尻にカレーライスを彫ってあるんです。だからね、温泉とかプールは無理なんすよ。外で待ってるんでお二人で入ってきてください」

上司A「見せろ」

ほがらか「え?」

上司A「その入れ墨を見せてみろ」

ほがらか「……」

上司B「大丈夫だ。温泉行こうよ。な?」

上司Bの目はよく見ると円らでキラキラしている。

断りきれずに行くことにした。

嫌々ではあったものの、温泉は入ってみると案外気持ちよかった。オッサンオッサン連発したが僕もオッサンなんだなぁ、と感傷にふけっていると。急に上司Aがまた近づいてきた。

「あのさ、主任のS君いるでしょ?なんか長野にいる彼女と一緒に住みたいからって、会社辞めて来月から長野行っちゃうんだって。それでね、主任の席が一個空くんだよね...」

気づくと上司Bも隣にいて、僕は二人に挟まれている。

上司A「…誰か代わりにやってくれる人いないかなぁ」

......あ、多分この話をするために今日、奥多摩にまでよばれたんだな、とようやく気づいた平成最後の夏。

っていうか、まわりくどいよ!

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