ATM 、松屋、ドンキホーテ
東京の梅雨はいつあけるだろうか。
聞きあきた音楽。他人の演じる作り物の悲しみ。じめじめ濡れたアスファルト。中途半端にまとわりつく雨。
はしのうえから見下ろすたくさんの屋根、屋根、屋根。道行く知らない人達の顔、顔。
行き場を失った休日の行動範囲はATM、松屋、ドンキホーテ。それを永遠にループしている。
蝶には蝶道といって、蝶にしか分からない通り道があって、だからこそコンクリートジャングルでも稀少な対の相手を見つけられたりするのだけれど、人間というのは何故か同じ生活圏内をぐるぐる回るほどに鬱屈や孤独が増してしまう。
分かっているのは春に買い貯めた使い捨てマスクの数だけが着実に減っていること、それだけ。
今、何かの拍子にゾンビになってても絶対に気づかないなとすら思ってしまう。
適応障害のある自分にとっては同じことを繰り返していられることが一つの安定剤でもあるけど。それにはいつでもそこから抜け出せるという自由の前提が必要だ。
海までいける。その先にも飛べる。どこまでもどこまでも。
残念ながら東京都民なのでトラブルの種になるトラベルはお預けだ。今ちょっと自分でも薄ら寒いラッパーみたいなことを言ったなと思ったが、それにしても、取り返しのつかなくなるのはいつだろう。
目に見えず、真綿で首を絞めるようにじわじわ迫ってくる不安。そしてその実体がついに背後に立っている事に気づくのは。
松屋を吉野家に代えて、ドンキホーテをオーケーストアにして、アマゾンプライムをNetflixに変えたら何か視界が開けるだろうか。
一瞬何かは変わるかもしれない。でも、その後はまた一緒だろう。
しばらく状況が変わらないなら、デジタルデトックスでもしようと思った。生活の根底に繋がってるインターネットという習慣を変えるのだ。
スマホの通信制限を3gbにして、家では電源をなるべく切って、パソコンも開かない。(今、投稿に必要な30分だけと決めて猛烈スピードでタイピングしてる)
たくさんぼーっとして、積ん読してる本を読んで、6月から始めた社会福祉士の資格の勉強に専念する。あと、来週には髪を短く切って、夏服に合うように灰色のコンバースでも買おう。
前に進まない、ままならない日常があるのであれば、肩の力を抜いてその中を上手に漂っていこうと思う。
ちょうど今、湿度が高いせいか、クロールをしたら夜の中を泳げそうな気がした。
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