短説#2 三題噺「大学」「漁師」「翼」

 僕はなぜ、ここまできてあれほど厭んだ引き金に手を掛けるのか。
 僕を育てた父は猟師である。母とともにジビエ料理の店などもやっているが、ジビエという言葉の時代に馴染む流行りの香りでは打ち消せない獣臭さと血生臭さが我が家には染み付いている。
 意外にもそれ以上に不快なのが火薬臭さ。高校時代には友人たちと行く花火大会すら憂鬱になるほど。僕はこの家に間違って生まれてきたのか。あるいは、この家に生まれたからこのにおいがいやなのか。
 とにもかくにも、実家とは距離をおきたかった。僕は黙々と勉強し、周囲には賛美より引かれつつも東京の大学へと進学したのだ。
 都会の緑の少なさと、それに伴うにおいの根本的違いには、最初は耐えられないかと思われた。しかし、大学の喧騒にむりやり馴染み、友人社会を構成する努力に集中していればさほど気にならないにおいだと気付いた。
「テニスサークル、どうですかー?」
「みんなでゴスペルしません?」
「えー我々天体研究会なんすけど、UFOとか興味ないです?」
 これが噂の、四月に現れるキャンパスのハンター。新入生歓迎という名の新入生勧誘、あるいは拉致誘拐の期間である。噂には聞いていたが、なかなかなものだ。
「君には間違いなく筋がある」
 唐突にうしろから肩をつかまれ、驚いて振り向くと凛々しい黒髪の女性に確信めいた物言いで断言された。
「弱小なわがチームの期待の星となってくれ」
 なかばおどけたように言うと彼女は私をそのまま校舎の奥へと引っ張っていく。
 なんのサークルかもきかずに連れて行かれてしまったが、鼻にあの火薬のにおいを受けて「しまった」と気付いたがもう遅い。

 クレイ射撃部。

 何の因果か、僕は今あれほど拒絶したにおいの中で引き金を引こうとしている。この引き金を引けば撃たれもがれるのは僕の翼である予感はすれど。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?