第1回 発信していく4つのテーマ

1.新型コロナ騒動と雇用問題

  新型コロナウイルス(以下「コロナ」という)の蔓延により、多くの企業が窮地に追い込まれている。連日、企業倒産数と解雇者数が報じられているが、もし、第2波、第3波という形で感染が発生するという事態になれば、その数は膨大なものとなるかもしれない。戦後、日本は何度となく災害や経済危機を乗り越えてきたが、世界中を巻き込むこの度のパンデミックにおいては、従来の処方箋は役に立たない可能性が高い。企業をいかにして支えるか、医療関係者のように現場で戦うことはできないものの、社会科学の専門家にも何かできることはないかという思いがある。未だ混乱が急性期にある現段階では、解雇のニュースばかりが目に付くが、まもなく労働者の処遇の低下や無理な働かせ方といったことが問題になってくることは間違いないものと思われる。

2.「働き方改革」は後退してしまうのか

 日本は、経済の回復傾向を背景に、「働き方改革」の掛け声のもと、職業生活と家庭生活との新たな調和を模索する動きが急であったが、コロナの脅威の前で「ふりだし」に戻ってしまうのか。企業経営者が置かれている現況には同情を禁じ得ないものの、労働者も厳しい状況になっており、時計の針を戻すことだけは避けてほしいという気持ちがある。アフターコロナにおいても、人口減少に伴う消費の低下と労働力不足という状況に変化は生じない。労働者の生活に配慮した雇用の継続は、経済の原動力たる人の循環を維持するためにも絶対に必要なことである。
 労働者の適正な雇用と企業の収益回復をどのように両立させるのか、今、突きつけられている課題は重い。おそらく、時間が経つにつれ、展望も開けてくると期待するが、それまでに流れてしまう血も多いように思われる。もっとも、悪いことばかりではない。すでに、在宅勤務やフレックスタイムの導入、さらには転勤の縮小といったコロナの影響による一部企業の働き方に変化が生じていると報道されているが、皮肉にも国が進めている「働き方改革」に通じる部分があるといえる。

3.混とんとする労働政策

 コロナ騒動のために埋没してしまっているが、2020年は労働政策において大きな節目の年である。同一労働同一賃金の実施、パワハラ防止法の制定と同行為への労災認定基準の策定、副業・兼業の推進と同労災認定基準など、雇用環境は様々な領域において変化がもたらされようとしている。本年4月から労働時間の上限規制が中小企業にも適用されることとなることを含め、厳しい環境下にあるも、企業は労働者の働かせ方に対して知恵を絞ることを求められる。こうした労働政策のすべてが、労働者について家庭生活との調和をもたらすことを目的としたともいえないことから、その運用においては少なからず混乱が生じるように思われる。

4.読んでいただきたい読者層

  こうした雇用に関する周辺環境を踏まえ、労働問題に興味を持たれている専門家を対象にマガジンを発信することとした。そもそも、労働保険審査会での実務経験をもとに、職場において発生している諸問題や委員として判断する際の法的論点を書籍としてまとめることを考えていたが、コロナ騒動を含め時代の変化が激しく、印刷している間に状況が変わってしまうこと、語りたいことがおよそ1冊の本では尽くせないこと、一般書籍の形では語りえない本音の話があること、さらには、法的論点などは法の専門家にしか興味がわかないか、もしくは分かり得ないことがあることなどの理由から、こうした配信の形をとることとした。弁護士、産業医、社会保険労務士(特に、労務管理の指導を行っている方)、産業カウンセラー、労基監督官などの専門職をターゲットとしているが、企業(医療・社会福祉法人)経営者や労務担当者、さらには労働組合役員の方においても、すべてというわけではないが、実際の労務管理や労務トラブルに役立つ内容を発信できると考えている。
 なお、こうした専門職の方を対象としている以上、インターネットで調べられるがごとき法や制度の説明は、私しか知りえないその背景などを語る場合を除き、一切行わない。したがって、一定の知識があるか、もしくは分からないことについては、ネット等で調べながら購読していただくか、ご質問いただくということになることをご理解願いたい。

5.本マガジンで発信していく4つのテーマ

 配信は、週1回、期間は1年ないしは2年程度と考えている。配信予定のテーマは大きく分けて以下の4種類である。
 第1に、コロナ後の雇用社会を展望し、これからの働き方の変化や生じている法的課題について問題提起をする。すでに、在宅勤務に伴うコミュニケーションギャップや新たなハラスメントの問題など、アフターコロナの労務管理上の課題を耳にすることがあるが、おそらく、企業組織の変更、新たな働き方によるストレス、断続的な休業への補償、さらにはレイオフの導入議論など、労働法の教科書にはない様々な問題が出現してくるものと思われる。
 仮に、すぐには法的問題になることはないにせよ、問題を事前に予想し、対応策を検討しておくことは意味があると考える。もっとも、このテーマは、現段階において多くの情報や私見があるわけではないため、回数としては多くならないし、できれば読者の方からの質問や意見に応えながら、議論していければと考えている。
 第2に、近年制定ないしは改正された労働関連立法について、実務における論点を捉え、コメントないしは問題提起をしていく。私自身が法や指針の策定に関与した部分もあり、厚生労働省の考え方のみならず、運用上の不鮮明な点についても解説できることがあると考える。この点、弁護士や社会保険労務士の方においては、顧問先での指導や講演をする際にご利用いただければと思う。
 第3に、労働保険審査会委員9年間の実務経験において、葛藤した法解釈の問題や結論を導いた論理について回顧して、解説する。9年間のうち、後半の4年間は会長職にあったため、すべての案件について目を通している。したがって、雇用保険に関する裁決を含め、数千件にわたる事案について判断ないしは決裁している。おそらく、30年間にわたる労働保険に係る研究とこの実務経験を含めると、同分野においては日本一の情報量と思考力を備えるようになっていると自負している。特に、この9年間は、労災認定基準の捉え方、障害等級の意味と問題点、審査制度の在り方、裁判への疑問など、バラエティに富む多くの問題が提起されており、労災問題に触れることのある弁護士、社会保険労務士に方には、参考になることが多くあると考える。なお、現在、裁決例はすべて厚労省のホームページからアクセス可能となっているが、あまりの数の多さから一般の人の目に留まることは少ないと思われるので、特に注目すべき事案については例示して、解説したいと思う。
 第4に、上記9年間の経験において感じた職場の問題点について発信する。なぜ、若くして自殺してしまう労働者がいるのか、労働者間に軋轢が生じてしまう要因はどこにあるのか、パワハラ防止には何が有効かなど、膨大な事件資料を読み解く中で、自らに自問し、感じたことをメモ書きとして残してきた。労働者の育成や労働環境の整備に役立つ情報も少なからずあるのではないかと考える。

6.有料にする理由

 本マガジンの発信法については、いろいろと考えた。無料として広く読んでいただきたいとの気持ちもあったが、専門家向けの内容に特化するとともに、あまり公にしにくい話(守秘義務に反するものではない)も語っていきたいとの気持ちもあり、有料として配信していくことにした。有料にすることで、自らを叱咤しながら、義務的に続けていけるのではないかとの思いもある。ネタが尽きるまでということになってしまうが、お付き合いいただければ嬉しく思う。論点と私見を端的に表現するために、こうしたマガジンとしては異例であるかもしれないが、「である調」で記述していく。やや高慢な語りであると受け止められるかもしれないが、最小限の分量で最大限の情報を提供するためであり、ご理解いただきたく思うとともに、ご質問、ご意見等も直截的な表現で行っていただければと思う。



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職場の実態を知り尽くした筆者による労務問題に携わる専門家向けのマガジンである。新法の解釈やトラブルの解決策など、実務に役立つ情報を提供するとともに、人材育成や危機管理についても斬新な提案を行っていく。

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