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第20回 副業・兼業の推進に対する事業主の立場と留意点

1.はじめに
 2020年は新型コロナ騒動に終始しているためか、労働に関する法の領域において大きな節目となる年であったことについての関心は薄い。今年は、時間外労働時間の上限規制の中小企業への適用、パワハラ防止法の施行、同一労働同一賃金の実施(中小企業は2021年)、そして、ここで取り上げる兼業・副業の推進など、働き方改革が大きく展開する年である。これらの法に関連する労務については、正確な知識はもとより、微妙なバランス感覚を必要とする場合があるものと考えられる。(今回は、月間「社労士」2020年10月号に掲載したコラムを一部修正して、転載することとする。)

2.副業・兼業の普及促進の意図
 働き方改革の流れの中で、副業や兼業を推進するといった政策が打ち出されたことについて、厚生労働者は、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(以下「副業ガイドライン」という)において、労働者の多様な働き方を支援することや退職後の人生が長くなる傾向がある中でキャリア形成を応援するという意味合いを持つとし、労働者側のメリットとしては、所得が増加することや本業にも生かせる経験が得られること、企業側のメリットとしては、労働者が会社では得られない知識やスキルが得られること、人材の流出防止となることなどを挙げている。確かに、終身雇用制の会社で長きにわたって働いたものの、退職した途端に社会との関係が途絶するといったことが特に男性に多く、副業等を持つことを推進し、自己実現を追及しながら退職後に備えてもらうという考えには一理あるといえる。また、そもそも労働者が労働時間以外の時間をどのように利用しようとも自由なはずであり、企業が副業・兼業を一般的に制限し得るとの風潮があるとすれば、原則はそうあるべきではないとの考え方を示した点も意義がある。

3.本音はどこにあるのか
 もっとも、未だ多くの時間外労働を余儀なくされている労働者が多い中で、本業のほかに副業や兼業をすることで、新たなキャリアを形成できるといった余裕のある人がどれほどいるのかは疑問である。そもそも働き方改革の名のもとに、労働時間の短縮と非正規雇用労働者の削減を強力に推し進めようとしている現在、副業・兼業を推進するという政策が同時に打ち出されてくることには大いに違和感がある。本業は正規雇用労働者として働き、副業・兼業は非正規雇用労働者として働くことがイメージされているのであろうが、統計上、副業・兼業をしている人は高所得層と低所得層に二分されている実態があり、少なくとも低所得層は本業・副業ともに非正規雇用労働者である可能性が高い。生活のため多重就労せざるを得ない低所得層を配慮して施された施策であるとすれば、1日8時間という法定労働時間の枠を撤廃するしかないと思われるが、これは維持されている。労働者の知識・経験の獲得や人材流出といったことが、労働者の疲労や関心の散逸以上に会社にとってメリットがあるとは思われず、同施策推進の本音は、少子化に伴う労働者不足の補填、年金不安を補う定年退職後の収入確保、低所得者が生活保護に陥ることの防止といったことにあるのではないかと疑ってしまう。

4.副業・兼業推進政策に対する会社の対応策
 いかなる理由や背景があるとしても、副業・兼業を普及・促進させるという政策が進められ、副業ガイドラインまで設定されているという実情に鑑みると、労働者からの問い合わせがあった場合に備えて対応策を準備しておくことは必要となる。まずは、就業規則において、副業・兼業に関係する規程がどのようになっているかをチェックすべきであろう。少なくとも一律に禁止するとの内容になっているとすれば、是正することが望ましい。では、副業・兼業をしたい場合には、許可や届け出を求めるようにすべきであるかというと、次のような問題点があることに留意を要する。
 まず、上記に述べたように、労働者は労働時間以外の時間については自由な利用が認められており、原則として何らかの拘束を伴うような指示・命令をしてはならず、またしたところで意味はないという点がある。したがって、一般的には、許可はもとより、届け出さえも義務付けることができるとは考えにくい。ただし、例えば、旅客運送業の運転手のように、本人もしくは顧客の安全に関わる業務であり、十分な休息を取ることを要求される場合や、技術や情報の漏洩を防御する必要性が高いと思われる職種・立場である場合には、許可や届け出を求めることに合理性があると判断される可能性はある。こうした事情がある場合には、対象となる労働者の職種や役職名、さらには制限ないしは禁止される副業・兼業の種類・内容等を、就業規則等において明記しておく必要がある。
 もう一つの問題点は、届け出等を義務付けた場合、事業主には当該労働者の労働時間や健康管理について、特に注意する必要性が生じるという点である。労働者が副業・兼業を行っていることを全く不知であったとすれば、管理しようもないことから問題を生じさせることにはならないであろうが、届け出を義務付ければ、これを知ることになるため管理を要するということになろう。この点、副業ガイドラインは微妙な言い回しになっており、「労働者が、自社、副業・兼業先の両方で雇用されている場合には、労働時間に関する規定の適用について通算するとされていることに留意をする必要がある。」とし、また、健康管理や働きすぎへの注意については、労使で話し合うことが適当である、と述べている。そのほか、副業ガイドラインは、「会社が副業・兼業を推奨するのであれば、健康診断等の必要な健康確保措置を実施することが適当である。」とも述べており、会社側が積極的に関われば関わるほどに、管理責任は高まると受け止められるものとなっている。

5.兼業労働者を雇用する場合の留意点
 一方、兼業と知りながら、労働者を雇用する場合には、より慎重な労務管理が必要となる。副業ガイドラインの説明(令和2年9月1日改定版の趣旨も同じ)によると、労働者が兼業する場合にも、1日当たりの法定労働時間は8時間で変わることはないため、仮に本業において5時間働いた日に兼業先にて4時間働くとすると、兼業先の1時間については時間外労働手当を支払うことが必要(兼業先に36協定が締結されていることが条件)であるとされている。後から契約を締結する事業主は、当該労働者が他の事業場で労働していることを確認した上で契約を締結すべきという考え方によるものとされているが、本業で8時間働いた後に兼業先で働く場合には、すべて時間外労働手当を支払うべきことになる。副業ガイドラインには解説されていないが、この考え方によると、週40時間を超える場合の時間外労働手当の支払い、本業先の休日に就労させるため週1回の休日が取れなくなってしまう場合の休日労働手当の支払いなど、兼業先が当該労働者から聴取するなどの方法によって支払いを行うべきということになるのであろう。兼業の労働者を雇うことは、労務管理の側面からはかなりの負担になることは間違いなく、実態としては、労働者としては雇用せず、請負や業務委託という契約形態になっていくのではないかと危惧する。

6.会社の責任と事前の備え
 過労死や精神障害に係る労災認定の際には、本業と副業との労働時間は合算されることとなったため、仮に本業で月60時間の時間外労働をした労働者が、副業によって月40時間の労働を行うと、月の法定労働時間より100時間の超過労働をしたという扱いになって、労災と認定される可能性が高くなる。この場合、いずれの会社にも当該労災発生に係る責任はないとされており、保険料のメリット性に伴う料率の引き上げにはつながらないものの、副業をしていることを知りながら、60時間の時間外労働をさせたことについて安全配慮義務違反を問われることがないかは、裁判になってみないと分からない。
 副業ガイドラインは、副業・兼業を認める範囲や手続き等について労使で話し合うことを推奨する一方で、労働者に必要以上に情報を求めることはしないように留意せよとしている。事柄の性質上、副業・兼業推進というアクセルと労働者の私生活への不介入というブレーキの両方を踏む形となってしまうことは致し方ないといえようが、本業側(先契約事業主)、兼業側(後契約事業主)のいずれの立場においても、企業の対応は慎重なものとならざるを得ないであろう。

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職場の実態を知り尽くした筆者による労務問題に携わる専門家向けのマガジンである。新法の解釈やトラブルの解決策など、実務に役立つ情報を提供するとともに、人材育成や危機管理についても斬新な提案を行っていく。

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