第32回 職場における世代交代の意義と課題(2) -高齢者雇用の条件-

1.定年年齢引き上げの背景
 定年年齢の引き上げや定年制の廃止が提唱されているが、これを批判する声は聞こえてこない。労働力不足、老齢年金への不安、年齢差別禁止への同調、さらには、そもそも働くことが好きだという日本人の特性など、その背景や理由はいろいろと考えられる。会社に高齢労働者が滞留することについて苦々しく思う若年者がいたとしても、表立って批判はできないであろうし、自分も定年引き上げの恩恵を受けられると思えば納得するしかないということなのかもしれない。
 安定した職に就いていた人に限定されるが、欧米諸国の中高齢労働者は、退職年齢に達することを心待ちにし、その後のあり余る時間に夢を馳せることが多い。ところが、日本では、退職は労働からの離脱に留まらず、社会からの切り離しという側面が強く、あり余る時間は孤独への不安になってしまう。おそらく、定年年齢の引き上げには、できるだけ「生きがい」を失うことなく生き続けてもらうという社会政策的な意味合いもあるのだと思われる。

2.高齢者雇用の問題を考える視点
 職場に高齢労働者が増えることで顕著な問題が生じるわけではない。日本が高齢社会に突入してかなり時間を経過しているが、社会全体が衰退していることを確認することができないように、目に見える現象が起こるとは考えられない。しかし、前回述べた通り、日本の会社の将来像を描く上で、好ましい状況であるといえるかは疑問である。熟練労働者が若年者に技術を伝承する点において、若年労働者にとっても高齢者がいることは望ましいとの意見もあるが、そうした環境にある仕事が多いとは思えない。むしろ技術革新とIT化が進んだ現在においては、高齢者が追随できないために仕事の進行や分担において問題が生じるといった事態の方が多くなっているのではないかと思う。組織において世代交代をスムーズに進めるためには、相応の計画と事前の準備が欠かせないものであるが、現在は同一労働同一賃金の適用問題もあることから、定年退職前後の高齢者雇用には様々な視点からの配慮が必要となる。今回は世代交代について、特に高齢者の雇用について考える。

3.中高齢者のモチベーションが下がる理由
 定年が55歳ないしは58歳であった昭和の時代においては、一定の年齢になると、管理職という位置づけになり、決裁印を押すだけの役割を与えられるようなケースもあったが、定年を原則として60歳に引き上げるよう求められた時期頃から、役職ポストも減り、多くの人が定年年齢まで第一線で働くことを求められるようになった。ところが、平成の時代になってから、仕事のやり方は革命的に変わり、今や各種機器を用いて情報を駆使できなければ仕事にならない状態となってしまった。過渡期において、訓練される間もなく、必死に働いてきた中高年層が浮遊することは当然なのかもしれない。
 中高齢者が労働へのモチベーションを後退させる原因の1つは、退職年月までのカウントダウンをしながら就労を続けることになるという点がある。早期退職や一定年齢には関連会社等へ出向することが当たり前となっている企業においては、そうしたカウントダウンは50歳ぐらいから始まるようである。あと数年で退職することになるという状況下において、会社に貢献しようというモチベーションを維持することはなかなか難しいのではないかと思われる。

4.中高齢者への研修の必要性
 会社の研修等は若年労働者を中心に受けさせることが多く、中高年層については、キャリアプランといった名称の人生設計を支援するようなものはあるものの、スキルアップやモチベーションアップを目的とするものは少ないように感じられる。投資対効果という側面で見ると、若年層を対象とした方がメリットが大きいという考えは理解できるものの、多くの会社では中高年層の処遇に困っているという実態があることに鑑みると、目線を変えてみる必要があると思う。会社が解雇規制の緩和に前向きな理由は、戦力としての利用価値が低くなった中高年層を解雇したいという点にあることが明白であるが、どうして中高年層の利用価値が低くなったのかは検証されていないことが多い。

5.どのような研修を受けさせるべきか
 中高齢者に対して、いかなる研修を行うべきかは、職種、経験年数、役職等の立場によって異なるものとなろうが、少なくとも2つのテーマについては、共通して行うことが望ましいのではないかと考える。1つは、社会の変化について、しっかりとした認識も持ってもらう研修である。団塊の世代以降であれば、何らかの形でパソコンを使用していると思われるが、情報が多すぎることもあり、社会の変化については断片的にしか理解していないことが多いようである。メディアと世論形成、生活スタイルの変化、販売や流通システムの変化、情報産業の実情、非営利活動の拡大など、現在の仕事とは直接関係がないと思われる分野であっても、社会の実情を学習することには意味があると思われる。「いまさら聞けない」、「おおむね理解している」、「ネットやSNSで情報は得ているから大丈夫」といった事情や認識は、かなり多くの人に共通して存在しているのではないだろうか。もう1つは、表現能力の向上を目指す研修・訓練である。モチベーションを向上させる最も効果的な方法は、人に見られているという状況を作ることである。例えば、職務に関連することに限定することなく、テーマを自らが設定して他の職員等の前で発表してもらうなどという方法が考えられる。上記の社会変化に関する研修と絡めて、仕事においてどのような改革が必要とされるかといったテーマを与えることも有効かもしれない。
 中高年層に活気がある会社は、総じて職場が明るく、働きやすいものとなる。時代に適合できるような勉強の機会も与えられずに、日々業務に追われてきた中高年層に対する評価は、企業側による相応の機会提供がなされてから行われるべきものではないだろうか。

6.高齢者雇用と同一労働同一賃金の問題
 定年退職後も高齢者を雇用するような場合、同一労働同一賃金の問題も意識する必要がある。定年前と同じ立場で同じ業務に従事させていながら、賃金水準を引き下げることは、まさに同原則の考え方に反するものであり、最高裁(長澤運輸事件:最2小判平30・6・1)も、こうした取り扱いは労働契約法第20条に違反するものであると明言している。もっとも、最高裁は、定年後の継続雇用の場合には、①長期間の雇用は通常予定されていない、②一定の要件を満たせば老齢厚生年金を受けられるといった、一般的な有期雇用労働者とは異なる事情があるとも述べている。この点、同裁判の控訴審である東京高裁は、③高年齢者の継続雇用では賃金が引き下げられることは通例である、④会社は高齢者雇用においてコスト増大を回避する必要がある、⑤賃金低下を緩和する高年齢雇用継続給付の制度がある、⑥定年後再雇用者の労働条件については組合と交渉・協議しているなどの事情を考慮すべきとしている。同事件は、定年後も嘱託乗務員として従前と同じトラック運転の業務に従事していた原告が、賃金を2割前後減額されたこと等について不服であるとして訴えを起こしたものであるが、最高裁では、一部の手当て(精勤手当とこれを反映しない時間外手当)について不支給としたことは違法であるも、賃金の減額自体については不合理ではないとした高裁の判断を維持している。定年後の再雇用については、雇用に至る背景に違いがあるとともに、公的年金制度や雇用保険制度において一般的な非正規雇用労働者とは異なる事情があり、それらも勘案した上で「不合理な取扱い」であるか否かが判断されるべきであるとされたのである。

7.定年退職者の再雇用時に留意すべき点
 裁判例の中には、60歳定年後の再雇用において、賃金を約75%引き下げたことの適法性が問われたもの(九州惣菜事件:福岡高判平29・9・7)があるが、もはや論外であることはいうまでもなかろう。上記最高裁の帰結から、20%前後の引き下げは容認されたとみることができるかもしれないが、これも上記に掲げた6つの事情が勘案された結果であり、常に同じように判断されるとは限らないものである。
 事業主が考えるべきことは、まず、定年退職者を再雇用するに際して、労働条件を引き下げるのであれば、全く同じ仕事を同じような立場でやってもらうという発想は改めるべきである。もし、同じ仕事を引き続きやってもらう必要があるのであれば、労働日数、労働時間、責任の度合い、組織の中での立場など、労働条件に見合った負担軽減措置を取ることが必須である。なお、そうした場合においても、従来の手当てや福利厚生等については、有期雇用労働法の考え方に照らして、削除・削減しても不合理とは認められないかを一つ一つ検討する必要があり、確信を得られない場合には法の専門家に相談すべきである。

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