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同族嫌悪のゾクゾクと「本当の自分」

5月早かったなぁと思っていたら
もう6月も1週目が終わっていて
胃が痛いよほんま✌️
なぜこんなに時が流れるの早いのか。

だけど、毎日「明日が楽しみ」だと
思えるのが、本当に嬉しいです。
明日への夢〜明日への希望を〜
自分自身に託せるの嬉しい〜🌈

と言うキラキラした前置きをしておこうと
思ったのは、後述する内容が
ダークになる予感がしているからです🙋‍♀️

キャラ被りが怖い

唯一無二の存在になりたくて、
人とはちょっと違う自分になりたくて、
必死にもがいて生きています。
みんなと違う自分がかっこいいと思っちゃう
比較的協調性にも欠ける人間でもあります。
(空気読めないとも言う)

変わってるね、とか個性的だね、
という言葉はとても美味しい餌です。
不本意な場面で言われると、悔しい一言だけど
基本的には嬉しいと感じるタイプ。

平凡な星に生まれたけれど、
自分にしかなれない自分になりたくて
必死にパフォーマンスをしているので、
そこまでして作り上げたキャラクターが
誰かとかぶるのがとても怖いです。

自分と同じようなポジションを狙う人や
狙わずとも自然体でそうなれている人、
直感で似ていると感じる人の存在が
とてつもなく怖いです。

うわーかぶった!ダブった!!
(しかも私よりおもろくて魅力的に見える)
と焦ることが多いです。

私が生きる世界は芸能界でも何でもないのに
キャラ被りが怖いの、シンプルにウケるな🤣

お前が気にすること、頑張るべきこと
他にもたくさんあるやろ!!という
自分自身の心の声もそれなりのボリュームで
聞こえてはいるのですが一旦聞か猿🙉

とりあえずでかい声で元気いっぱい騒いでいる人や
様々な活動に能動的な人を見ると
瞬時に「かぶった!!」と思うので、
自分のことを「とりあえずでかい声で騒ぐしか能がないやつ」「実行力だけはあるやつ」
という自己評価をくだしているのでしょうね。
意識高くいろんなことに挑戦的な人を見るの
非常に苦手。負けた気がするからかなぁ。

ていうかその程度のキャラ設定なら
大体どこに行ってもかぶるやろ🤫
というのは今日は一旦置いておきましょう。


心の内が分かってしまう

同族嫌悪の根源として絶対的に
「これが原因だーー!!!」っと
言い切れるのが、これです。

何をやろうとしているのか、
どうしてそう思ったのか、
その行動に至った理由や心情が
手に取るようにわかってしまうのです。

何しようとしてるか分かるの
かなり恥ずかしいし、苦しい。変な汗かく。
共感性羞恥ってやつでしょうか?
共感力や想像力は人よりも比較的
高い方だと思うので、余計に。


誰にも心の内はバレないだろう、
できればバレたくないなぁ、という思いが
ありながら行動することってあるでしょう。
そんな時に自分が他人の心の内を
読み取ってしまうのと同じように、
自分も他人に読み取られている気がして
小っ恥ずかしくなって苦しくなるのです。

他人に対して思うことは、大抵他人からも
同じように思われていると仮定して。


この人、こういう理由からこういう行動を
選択してるんだろうなぁ。
あぁこの人がこう言うのは、
こういう思いが背景にあるんだろうなぁ。

というのが、手に取るように分かってまう😱笑
分かることは素晴らしいことかもしれないけど
苦しいことや恥ずかしいことでもあります。

それと同時に、自分が他人に対して
そう思うということは、
自分も他人からそう思われてるんだろうな
とも想像してしまうので、
100倍苦しいし、恥ずかしい。

自分と似ているなと思う部分が多い人に対して
こういった気持ちを抱くことが多いです。

私とあなた、考え方似てるねー!
仲良くできるねーー!!
って思って、仲良くできた試しない😢笑
心のうちで考えていたり
ひいては企んでいたりすることの
意思も意図も全部見えてしまうから。

分かりやすく苦手克服

歳を重ね精神的に大人になると、
生まれてこの方ずっと苦手だった
子どものことを愛せるようになりました。
可愛くて可愛くて仕方なくなりました。

これまで街で見かける子どもが
大大大の苦手でした。
知り合いの子どもは可愛いし、
赤ちゃんは可愛い。
でも自我を持ち始めた他人の(言い方悪)
子どもたちがたまらなく苦手で。

ついでにぶっちゃけると後輩も苦手でした。
ごめん、まじで。
先輩のことは大好きで大切で尊敬していたけど
後輩を可愛がりたい気持ちは微塵もなくて。

無類の年下嫌い。
年下たるもの全てが憎たらしい。
歪みまくりぃ!

あまりにも自分よりも年下の人間に
不快感を感じるので何故だろうと
考えたことがありました。

母曰く、テメェの精神年齢が低いだけの、
ただの同族嫌悪だろうと。

大正解。
ちょっと大人になった今、途端に
子どもも後輩も可愛くて仕方がないのです。
永遠に眺めていたい、
目に入れても痛くない、
ありったけの慣用句を網羅して
愛情を表現したいほどですわ。

ちょっと大人になったし
ちょっと心の余裕ができたから
後輩や子どもたちに対して
ちょっと上から見ている節はあります。
お前はそれに値する人間なのかというのは
自問自答しておきますので、
外的刺激は与えないでください🙅‍♀️

おもろい奴ぶろうとするな

わたしが持ち合わせている要素の一つに
「ちょっと個性的ぶろうとする」
「おもろい奴ぶろうとする」
というものがあります。

これには、
「自分にしかできないことがやりたい」
という人生の最終目標が背景にありつつ
やっぱり
キャラかぶりしたくないという思いから
くるのだと思います。

人と違う発言、行動、髪型、ファッション...
わたしはみんなと違うのよって
あえて「量産型」と呼ばれる
あるあるいるいる女子と反対の行動を
とりたくなります。

おもろい、変な奴だと思われたくて
ちょっと攻撃的な発言や
斜に構えた行動をしてしまいます。

これさ、めっっっちゃダサいよね笑

だって私は紛れもなく現代を生きる
ただの22歳で。
広島県安芸高田市(ど田舎)で
自然に囲まれ家族に愛され
平凡を幸せだと認識し
のんびりまったり育ったわけで。

人と同じように、1人の特別な人間として
生きてきたんだから。

特別おもろい人や個性的な人は、
そうなろうとしてなっているわけではない。
自分でも気づいていないほどに
魅力的だから、惹かれるわけで。
それらは作り込まれたものではないから、
憧れるわけで。

真似しようとしてできるもんじゃないし、
真似しようとしてる時点で
唯一無二でも個性的でもおもろい奴でもない。

よく「日本人は」と一括りにされ
協調性がある同調性がある
みんなと同じ格好や発言ばかりしてる
って言われがちだと思うのですが、
そんなこと言われるからなんとか
みんなと違う自分になろうとしちゃう気もする。

本当にしたいファッショや
本当にしたい言動を
必死に抑えて同調しているのなら
その壁は取っ払えよ!
とそこらへんのメディアに溢れる熱い言葉で
背中を押したくもなりますが。

別に、いわゆる、「量産」系の
服装が好きでメイクが好きで髪型が好きで
それを好んでやることまで
否定しなくてもいいよな。
それがありのままの自分なわけで
隠しても我慢してもない人って
全然普通にいると思うのよ。

一人ひとりが特別な存在であることは
大前提として。

別に突飛な存在だけが、
目立ったり、崇められたりする必要はないね。

あぁ何が言いたかったかと言うとね、
わたしは個性的でおもろい奴でいようとして
自分の本心とは離れた言動に走りそうになるけど
そもそも、そう思ってしまうのは
現代の少しズレた「本当の自分」の追求
の波に呑まれている可能性がある
からじゃないかってこと。

全然、本当の私は
何にもせずのんびり過ごしたいさ。

で、また大元の話に戻ると
そういう自分も気持ち悪いし恥ずかしいし、
同じように必死で
個性的でおもろい奴になろうと、 
自分に負荷をかけた自己プロデュースを
頑張ってる人見ると、
無理しなくていいんだよ、と
恥ずかしい気持ちになるって感じ。


本当の「ありのままの姿見せるのよ」

どう考えても他人と違う存在であることが
ありのままの終着地点である気がしてしまう。
別に人と同じでもいいし、違ってもいい。
特別な何かを見つけ出そうとしなくても
人間は一人ひとり特別。

私が同族嫌悪で苦しむのは、
私自身が必死に見つけ出した
自分にしかできない言動だったはずのものが
しっかりちゃんと人とかぶるから。

自分しかできないと踏んでいた期待と裏腹に
似たようなやつは意外とたくさんいると
がっかりするから。

別に人と同じであることは
怖がる必要のないことだと思う。

本当の意味での
「ありのままの姿を見せるのよ〜❄️」は
自分が自分でいることが心地よいポジションを
見つけ出すことの方が大切

「誰でもない私」は、人と同じ思考嗜好でも
共存できるということでも、全然いいはずだ。

無理して人と違う人間であろうとした結果、
もはやそれは人とも違うが、自分とも違うし。

何でもいいから、自分の思う自分に
出会えたらいいよねぇ〜

ここまで3500文字綴ってきて
流石に私も、読んでいるあなたも、
もう飽き飽きしてきたと思うので
この辺でドロン🥷

ほんと毎日偏頭痛で困っちゃうぜ☔️

ちなみに、同族嫌悪は嫌いでも
おそろいはだいすこ〜✌️

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