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眠れない夜に

 もう何十年も睡眠薬を飲んで眠っている。だからなのか『眠れない夜』ということはないけれど、無理やり眠っている感は半端なくだから人工的な眠りであってほんとうの眠りではないのだということはいったいわたしのほんきの眠りはいつ来るのだろうかとおもうことはもう諦めている。
 だってもともとが不眠症なのだから。
「絶対にさ、」
 直人と一緒に焼き肉を食べているときにそういった眠りの話題になり、いちぼをジュージューと焼いていると、絶対にさ、と直人が言葉を切り出した。
「それってさ、仮にラムネをさ、睡眠薬だよって渡されてもきっと眠れるんじゃないの?」
 いちぼがいい具合に焼けて箸でつまみ、タレが入ったお皿にうつしてタレをからめてから口の中にほうる。いちぼは希少部位でなんというかやわらかい。あっという間に口の中から消えてゆく。わたしのお皿にも取り分けられて口の中にほおる。
「うん……。ねぇ~。そうかもしれないねぇ~」
 いちぼが美味しすぎて返事も雑になる。
「なおちゃんはいいよね。だって酒が睡眠薬じゃん」
「いや、違うし。ただ眠たくなるだけだし」
 それって、といいわたしは笑い、違わないしとさらに笑いながらつづける。
「わたしもお酒でもいいから普通の睡眠っていうものをあじわいたいよ」
 部屋の中が煙たいし目がしばしばする。窓、開けるね。わたしは立ち上がり窓を細くあける。冷房の冷気が逃げてしまうから。
 今夜は寝かさないぞ。という冗談をよくいっていたころもあったけれど、もうそのような笑える冗談は滅多にいや、全くいわなくなった。
 後片づけはわたしがする。焼き肉を焼いたホットプレートを洗い、タレ用のお皿を洗い、箸を洗う。その間、直人はソファーにいき横たわる。あ、俺が洗うよ。とか、あ、いいよ。座ってて。そうゆうことは絶対にいわない。いわないからけれど片しているわけではない。それがもう普通なのだ。
役割分担。
 わたしと直人は無言でもお互いのやることを認知しあっている。いっそ心地がいいくらいに。
 シャワーをし先に睡眠薬を飲んで布団に入る。
「眠い」
 直人も入ってきて川の字になり目をつぶる。横向きになっているわたしの背後に直人がひっついてくる。股間のあいさにあるものがなんとなくお尻にあたり無言でくたびれた寝巻代わりのワンピースをまくられてそのままの格好でひどく慣れているからうまく入ってくる。慣れている。わたしはそれを受け入れる。声がいやにやかましい。直人はそれでも容赦ない。ここでもきちんとした役割分担があり、阿吽の呼吸がある。
 終わると直人は布団から出ていき、わたしだけとり残される。

 なんとなく目が覚めるとなぜか直人が横にいていびきをかいて眠っていた。あれ? 何時だろう? 布団の上にあるスマホをてにとると4時34分だった。直人のことを気がつかないで眠っていたようだった。こんなことがあるんだなぁとなんとなく不思議な感覚に襲われる。
「今日ゴルフだから」
 朝の5時。起こされて耳元でいわれる。うん。という顔をしたとおもったようで直人はわたしの肩を抱きしめる。冷えてる。冷房で冷えきった冷凍人間のような体を。

 起きると冷房が切ってありその暑さで目が覚めた。直人はすでにゴルフに出かけたようだった。
 こんなに暑いのに大丈夫かしらと不安になる。たぶんまたひときわ黒くなっておそろしいほど疲れて帰ってくるに違いない。
 もう11時を過ぎていたので洗濯機を回してからローソンにいく。玄関のドアを開けるとむわんとしたいやな空気に顔をしかめる。
 徒歩4分。往復で8分の距離で、カフェラテとメロンパンを買いにいっただけで汗だくになる。暑い、としかいいようがない。カフェラテを飲みメロンパンを少しだけかじってから洗濯機から洗濯物をとりだして2階のベランダに干しにいく。ベランダの床に素足で降りると悲鳴を上げるほど暑かった。目玉焼きが焼けるな。わたしはあちちなんていいながら洗濯物を干す。台風の影響なのか生ぬるい風がわたしの体をなぶっゆく。
 空に浮かんだ真っ白なわたあめのような雲とまるで絵具で塗ったような真っ青な空。
 両手を空に向かって手をのばす。うーん。と心の中でいいながら。
 直人がいない方が直人の気配を感じることができる。いない方が好きだと自覚をする。おもしろいことだとおもう。
 
 夕方、やっぱり一段と黒くなっていやに疲れて帰ってきた直人は
「もう無理。ダメ死ぬ」
 死にそうな声でつぶやきそのまままたソファーになだれこんだ。
「そりゃそうだ」
  おもては灼熱地獄。
 わたしは閉口をする。
 夕食はそうめんをすすった。ねぎものりもなく、あるのはめんつゆとわざびとソーメンだけ。4人前をふたりして一気にたいらげた。
「夏はさ、そうめんだよね」
 まあそうだけど、なんなら食べるものがそれしかなかったからでしょ? とはいわず
「ひやむぎでもいいよね?」
「まあね。あ、けど、ひやむぎとそうめんってどこが違うのかなぁ」
 そうねぇ? そういえばそうだね。わたしはそういいつつも、どうでもよかったことなので、ググってみたら? とつづける。
「めんどくさー」
 知らないことでも今の時代すぐに調べることができてしまう。いいのかわるいのか。もう国語辞典などは皆無で、売っていてもだれが買うのかが気になってしかたがない。小学生だってスマホの時代なのに。
「同じ麺。乾麺だよ」
 そうめんをすする直人もそのようなちっぽけなことなどどうでもよかったのだ。
 どうでもいいことなどこの世の中にはたくさんある。
「今日でオリンピック終わるね」
「え? そうなの?」
 どこまでも直人は世論には疎くけれども会社では部長で
『大原部長の役割とは』
 なんてことをググっていたことはパソコンの履歴から知ったことで、わたしはクスクスと笑ってしまった。かわいいじゃんか。と。 









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