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空の旅へ

 自転車で一番最寄りの駅にいき、そこからひとつだけ向こうのちょっと大きな駅に行き、あるかも! とおもいつつ、金券ショップでセントレア空港行きの切符があったので往復で買う。時刻は午前10時。曇り。わたしは今から旅に出る。ひとりで行く旅が好きだ。やはり旅はひとりがいい。セントレア行きの名鉄に乗り、途中で乗り換えて終点であるセントレアに着く。
 空港はあれ? 今日休みか? というほど人がいなかった。コロナのせい以外なにものでもない。ネットで予約したANAのチケット売り場で受付番号を機械に打ち込んで、航空券を手にする。搭乗時間までまだ1時間ほどあったけれど、出発の20分前には持ち物検査があり、10分前には搭乗ゲートには居なくてはならない。スタバに行き、寒いのにキャラメフラペチーノなんて頼んでしまい啜るたび起こる頭痛に耐えながら持ち物検査の場所に行く。スマホやペットボトルを出し、あと上着を脱ぎ、ブーツですか? と聞かれたので、靴です。といい靴を見せ、ゲートを潜る。啜っていたフラペチーノも取り上げられて検査をしていたのは笑えてきた。ペットボトルのお茶だって新品なのに。厳しいな。内心そうおもっていると、手荷物係のお姉さんがわたしの心の中を読んだかのように、すみませんね、と真っ白な歯を見せて微笑む。わたしは軽く目を細めゲートを抜けた。わたしが乗る飛行機の搭乗口がたまたまなのか一番奥ですごく遠くぎょっとなる。100メートル以上は軽くあった。けれども以前ほどの活気はなく、その変わりようにさみしさがただよう。息をきらし一番奥まで行き、時間まで座って待つことにした。 

 前回飛行機に乗ったのは、修一さんと鹿児島に行ったときだからかれこれ5年ほどまえになる。鹿児島に行ったときはまだ不倫を開始した分だった頃で遠くに逃避行するわたしと修一さんはどこか浮かれていた。あの頃が人生の中で一番よかったかもしれないとすらおもう。わたしたちはその一泊二日だけ偽の夫婦を演じた。現場が向こうにあり、あっちの職人さんにわたしを奥さんだと紹介したのだ。歯痒かった。それに本当にそうだったらよかったのにとずっとおもっていた。いわなかっただけで。あれからもう5年。長いような短いような。時間だけが流れてゆく。わたしだけがあの頃のまま感情だけが止まっている。

 搭乗時間になり飛行機に乗る。わたしは、え? っていうほど荷物が少ない。いつもそうだけれど最低限のものしか持っていかない。足りなければ買えばいいし、要らないなら捨ててきたらいい。だから荷物が少ないのだ。
 雨が降っていた。飛行機は窓際の席を確保したので窓の外をじっと見つめる。離陸する瞬間が好き。あの後ろに引っ張られる瞬間。ワープもあんな感じかもなと考えるもワープってなんだそれと考え直しふふふと笑う。
 空に飛んでしまえば雨だし雲ばっかりで景色を見てもどこも真っ白な世界だった。雲の上は太陽が出ていた。そうとう上を飛んでるんだなとおもうと不思議な感覚になった。飛行機はなんというかあまり日常にはないことなので乗っているとどこか高揚している自分がいる。わたしはエンジン音の中、目を閉じる。お茶、オレンジジュース、アップルジュースに、コーヒーなども……。社内サービスの声が遠くでし、わたしはその声が夢なのか本当なのか曖昧なまま着陸の案内ではっと目が覚めシートベルトをしめた。
 松山空港もまた人がおらず、わたしはリムジンバスを待っていた。オレンジジュースを飲みながら。愛媛はオレンジジュースなんだねというほどみかん、みかん、橙色に染まっていた。リムジンバスで道後温泉に行く。昔一度来たことのある温泉。駅から近いということと安いということで(どうせ朝弱いから飯が食えないのでいつも素泊まり)ボロそうな旅館を予約してあり、実際に行くとやっぱり裏切ることなくボロくてまあレトロで気のいいおばあちゃんが迎えてくれた。そのとき一緒にチエックインした男の人がいて、何気なく挨拶をする。彼は2泊でといい、うぐいすの間でねといわれ2階に上がっていった。わたしも2階の梅の部屋でうぐいすの間の前の部屋だった。
 夜うどんでも食べようとし、おもてに出るもまだ雨が降っていて寒さを感じるもどこにもうどん屋がなく結局ローソンで珍しく焼そばとゴマプリンと缶チューハイを買う。道後温泉本館に行き風呂に入りたかったけれど、背中に絵が描いてあるため断念し宿に戻る。戻って宿にある大浴場に行くも今夜泊まっている女の客はわたしだけだとおばあちゃんがいっていたので気軽に入れてほっとした。宿も温泉だったから肌がつるつるになり部屋に戻る。うぐいすの間からテレビの音がする。時間は午後10時を過ぎたところだった。買ってきたものを食べ缶チューハイを1本しか買わなかったことをくやみつつ布団に入るもちっとも眠たくない。あ、とわたしはいいことをおもいついたという目になりいいことなのかわからないけれど、うぐいすの間の男と接触をしあわよくば一緒に酒を飲もうと考えてみる。部屋から出、うぐうすの間の扉をノックする。コンコン。最初は控えめに。けれどうんともすんともいわないので、今度はおもいきり叩く。何秒かし、かちゃんとドアが開き、浴衣姿の男が、えっ? という顔をしながらわたしの顔を見据えた。
「……、え? なんですか?」
「……」
 いざ、こうゆう場面に直面すると言葉が出なくなり背中に嫌な汗をかく。ええっ、と戸惑っていると男が、入る? というふうに親指で自分の部屋を指した。わたしはうなずきその部屋に入る。さっきフロントで男を見たとき缶ビールを1パック持っていたのを確認していたのできっと飲んでいるだろうと踏んでいたけれど案の定缶ビールの空が転がっていた。旅行ですか? どこから? などという会話やもちろん名前なども名乗らず男はすぐさま部屋を暗くしわたしの浴衣を剥ぎ取った。そのつもりだった。さみしかった。誰かに抱かれたかった。わたしはなすがままで声を出し汗をかき咽び泣いた。なんでさっき知った分の男にこんなに感じてるんだろう。わたしの乳首はおそろしいほど敏感になっていて男が口に含んだだけでのけ反った。寡黙でしたたかに男はイッた。何時なのかここはどこなのか。全く曖昧な時間。わたしはいつの間にか眠ってしまっていた。

 目の裏に明るさを感じはっと目が覚める。もう朝になっていた。時計を見ると9時でおどろいた。わたしは自分の部屋にきちんといた。けれど素っ裸だった。
 いつ戻ったのか記憶がない。男が抱き抱え部屋に運んだのだろうか。急いでうぐいすの間にいき部屋をノックするももう居なかった。きっと仕事で来ていたのだろう。昨夜わたしはあの男に抱かれたのだろうか。曖昧な記憶は決してお酒のせいではない。なんとなく。それだけだった。もう会うこともない男。これが行きずりのなんとかというのだろう。後腐れもなくわたしは帰り支度をし、宿を後にした。観光はしなかった。時間もあまりなくなんだかただセックスをしにいっただけのようで笑いがこみ上げる。なんだって四国まで来て。わたしはまた笑った。駅にスタバがあり、今度はホットのカフェラテを頼む。リムジンバスを待つ。さようなら〜、道後温泉。また来るね〜。と心の中で手を振った。
 空港に着き、また搭乗手続き。飛行機に乗り、セントレアに着き電車に乗る。2度乗り換えて直人の住む街に行き、今度は徒歩で直人のうちに行く。
「あれ? こんな時間に」
 不思議そうな顔で迎えられた。わたしは抱いてとせがみ、直人の服を脱がした。
「どうした?」
 なんでもないよ。わたしも素っ裸になり直人の上に跨る。直人はううっ、と声を上げ、腰を動かす。
 わたしは気狂いだった。したいわけではなくただ抱いて欲しいだけだった。直人に会いたい理由はただセックスがしたいだけの理由に愕然となるもセックスをしたくなる男である直人にさらに魅力を感じていた。男はそうでないとならない。女をつなぎ止めておく唯一の武器。それはセックスなのだ。他はもう何も欲しくない。わたしは意味もなく声を出し意味もなく泣きながら突かれていて知らぬうちに眠っていた。旅の疲れもあったけれど、四国に行ってきたことも伝えることもないまま朝起きると直人は居なかった。メールに今日ゴルフだから。と書いてあることに気がついたのは、夕方だった。さすがにうちに帰ろうと帰る支度をしているとちょうど直人が帰ってきて駅まで送るというので送ってもらう。夕方。わたしは駅前で直人に抱きつき、じゃあ、またといい車から降りた。じゃあ。夕日に照らされた直人の横顔がやはり好きだとおもい、行きずりの男の顔がふと浮かんだ。手を振り続けて直人の車が信号で停まるのをじっと見ていた。また電車に乗る。一昨日から交通機関ばっかり乗っている。車には乗っていない。なるほど。車がなくとも公共交通機関でどこへでも行けると納得をする。もうすぐ車検じゃん。わたしはうちの車庫にいる自分の車をおもいうかべ、今度はどこに行こうかと悩み、電車に揺られながら駅ビルの地下で焼き鳥でも買って帰ろうと決め込んで流れる窓の外の景色に目を向ける。


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