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居所不明児童と児童虐待に関して

 居所不明児童。正式には、居所不明児童生徒と言い、義務教育期間にありながら不就学となっている小学生(児童)と中学生(生徒)を指す。今年、映画「怪物」で話題となった是枝裕和監督による代表作「誰も知らない」(2004年公開)も、「巣鴨子ども置き去り」という保護責任者遺棄事件に着想を得た作品だった。写真にある山寺香による『誰もボクを見ていない:なぜ17歳の少年は、祖父母を殺害したのか』(ポプラ社、2017年)は、2014年3月29日、埼玉県川口市のアパートの一室で背中を刃物で刺された70代の老夫婦の遺体が発見された事件に関するものである。石川結貴による『ルポ 居所不明児童:消えた子どもたち』(筑摩書房、2015年)でも同事件が大きく取り上げられている。少し前に話題になった居所不明児童だが、法改正を重ねた今、現状はどうなっているのか。

 2014年の居所不明児童の数は、383人だが、厚生労働省による「平成29年度「居住実態が把握できない児童」に関する調査結果」を見てみると、2017年には28人となっている。これを見て少ないと感じるか、多く感じるかは人によるだろうが、少なくとも2014年に比べれば少なくなっているように思える。しかし石川(2015)は、「行方がわからないまま、居所不明者の調査対象から除外された」というケースがあることを指摘している。実際はこの人数よりも多いのだろうと思う。

 児童虐待等防止に関わる法整備に関して、簡単に書いてみようと思う。これに関しては、久保・湯川(2021)が非常によくまとまっているので、詳細はこちらに譲ろうと思う。今回は居所不明児童などに関わって、法律がどのように改正されてきたのかを確認してみようと思う。

 2000年5月に「児童虐待の防止等に関する法律(児童虐待防止法)」が公布され、同年11月に施行された。この法律の成立以前までは。「児童福祉法」(1948年施行)によって児童虐待の対応が定められていた。児童虐待の相談処理件数が1990年度の1101件から99年には11631件と約10倍に増大したことを背景に、児童虐待に対応する法律の必要性が高まり、成立することとなった。

 児童福祉法には、第25条「虐待を発見した者は児童相談所などに通告する義務がある」、第29条「虐待が疑われた家庭などに立ち入ることができる」、第33条「保護者の同意を得ずに子どもの身柄を保護することができる」などの条項があるが、いずれも「手続きの方法がわからない」などの理由で、実質的には機能していなかった。2000年に成立した児童虐待防止法では、「児童虐待」は第2条において「保護者がその監護する児童に対し、次に掲げる行為をすることをいう」として、「①児童の身体に外傷が生じ、又は生じる恐れのある暴行を加えること。(身体的虐待)、②児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせること。(性的虐待)、③児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ること。(ネグレクト)。④児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。(心理的虐待)」などと具体的に定義された。

 その後、児童虐待防止法は2004年と2007年、2019年に改正されることになる。2004年の改正の背景には、2003年11月に起きた「岸和田事件」と呼ばれる、大阪府岸和田市に住む中学3年生の少年が、自宅マンションの一室から餓死寸前で発見されたという事件があるという。少年の体重は24キロにまで減り、長期の栄養不良によって脳が委縮し、重度の心身障害を負うこととなった。この事件を背景に2004年に改正された児童虐待防止法では、第5条の「早期発見」を「早期発見等」に改め、「学校」を「学校、児童福祉施設、病院その他児童の福祉に業務上関係のある団体及び学校」に改めるなどし、虐待が子どもの人権侵害にあたることなどを明確化した。2019年の改正では、親権者の体罰が禁止されるなどした。

 以上のような児童虐待に関する法整備がなされてきたわけだが、依然として児童虐待の件数は多い。広島市児童相談所が2022年度に受けた児童虐待の相談件数は、前年度比で127件増の2594件となっており、2年連続で過去最多を更新している(中国新聞2023年8月23日朝刊)。虐待の種類別では、暴言や、子どもの前で家族に暴力をふるう面前DVなどの心理的虐待が1234件(53.1%)と最も多く、身体的虐待が665件(28.6%)、育児放棄などのネグレクトが397件(17.1%)などと続くという。児童虐待は依然として数は多い現状にある。

『中国新聞』より引用

 話を居所不明児童に戻す。石川(2015)では、居所不明児童に関して、その周囲に目を向け、痛烈な批判が展開される。取材をする中で生まれた感情をそのままに綴っている。

直接の加害者が罪を負うのは当然としても、ほかの家族や親族が幼い命を守るために何もしなかった、ここがどうにも引っかかる。(中略)
ある裁判では、浮気三昧で妻に生活費すら渡さず、離婚後には我が子の養育費を払うどころかカネを無心していた父親が、子どもを虐待死させた元妻をこう糾弾した。
「自分と別れても、ちゃんと子育てをしてくれると思ったのに、こんなに酷い形で子どもを殺されました。元妻は鬼畜です。殺人鬼です。絶対死刑になるべきです。私は元妻が刑務所を出て社会に戻ってくるようなことは絶対に許しません。見つけたらタダじゃ起きません。必ず死刑にしてください」
何もしなかった人は、何もしなかったからこそ罪とは遠い場所にいる。そうして、実際に罪を犯した人を責め、殺された我が子を思って憎しみを露わにする。
むろん何もできなかったという悲しみ、計り知れない悲しみはあるだろう。だが、傍聴席の私は、こうした糾弾に思わず耳をふさぎたくなってしまう。

石川(2015)pp.172-173.

少なくとも居所不明という問題で言えば、教育現場や児童福祉関係者への取材でしばしば出る言葉―「学校に来なくてもどこかで元気に暮らしているだろう」、「親がついているのだから、それほど心配しなくても大丈夫だ」、「事件になることなんてめったにない」、そんな楽観を私は看過できない。
極めて凄惨に、跡形もなく存在を消される子どもたちが現にいる以上、その命に対し、もっと真摯であってほしい。
ずっとあとになってから、「まさか死んでいるとは思わなかった」、「あのとき、もう少し踏み込んだ対応をしていれば」、そんな釈明をもう繰り返さないでほしい。

石川(2015)pp.178-179.

 石川が批判するように、もっと周囲が気を遣えば、というのは確かにそうだが、難しい現実があるのは事実だろう。それは公的機関における機能不全だけではない。個々人の人間関係のあり方にも、周囲のことに気配りすることは難しいのではないかと思う。

 案外、自分の身近な人の状況について、よく分からないということがある。少し気になっても、案外声をかけられないことがある。それは身内だから、という理由もあるのではないかと思う。だからこそ、公的機関の機能不全は、一層解消されなければならないのだと思うが…。

【参考】
・石川結貴(2015)『ルポ 居所不明児童:消えた子どもたち』ちくま新書.
・久保健二・湯川慶子(2021)「児童虐待防止に関連した法律の改正にともなう新たな児童虐待防止の対策」『保健医療科学』第70巻第4号, pp.338-351.
・杉山春(2013)『ルポ 虐待:大阪二児置き去り死事件』ちくま新書.
・山寺香(2017)『誰もボクを見ていない:なぜ17歳の少年は、祖父母を殺害したのか』ポプラ社.
・「児童虐待相談 2年続き最多:広島市児相22年度2594件「心理的」53%」『中国新聞』
(朝刊)2023年8月23日.

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