実務家教員に関する小論

 最近、実務家教員に関して調べていた。少し忙しくなってきたのでいったん自分の研究に戻ることにしようと思うが、せっかくなので中途半端な内容ではあるが、少しまとめてみようと思う。実務家教員に関しては、ある程度のことが分かってきた。

 教職大学院は実務家教員を全体の4割配置することが義務付けられており、専門職大学院において義務付けられている3割を上回っている。これは専門職大学院の実情を踏まえたものだとされているが(徳永2014)、その実情は課題が山積している。実務家教員のいわゆる「賞味期限問題」(保坂他2018)や実務経験の鮮度の問題(冨田他2018)のみならず、研究成果を有しない実務家教員の存在や地域の教育委員会との連携を前提とした設計など(野中他2024)、問題はさまざまである。ある程度調べてみる中で分かったことは、教員養成系大学や教職大学院における研究者教員と実務家教員の協働のあり方が問題とされているということである。結局、異なる背景を持つ教員と学生で構成される教師教育体制における協働のあり方が問題であり、どちらが良い悪いといった二元論に陥ることなく、教員養成教育を進めていく必要があるのではないか。

 そもそも教職大学院は2006年7月の中央教育審議会答申「今後の教員養成・免許制度の在り方について」が示されたことが発端となっている。この答申では、①教職課程の中に新たな必修科目として「教職実践演習」を導入すること、②専門職大学院制度の中に教員養成の専門職大学院として必要な枠組み、すなわち「教職大学院」を創設すること、③教員免許状更新制を導入し、専門性の向上や適格性の確保に関わる他の教員政策と一体的に推進すること、の3点が提案された。「教職実践演習」の導入については、教育職員免許法施行規則の改正によって、2013年度後期から、各大学で開講されるようになり、現在に至る。

 「教員免許状更新制」の導入に関しては、まず2006年12月に教育基本法が改正された。それを経て2007年3月に中央教育審議会より「教育基本法の改正を受けて緊急に必要とされる教育制度の改正について(答申)」が示され、2007年6月に教育職員免許法が改正、2009年から教員免許更新制が導入されることになった。これによって、10年間という教員免許の期限が設定され、更新のための講習を受講することが義務付けられた。しかし2022年5月には「教育公務員特例法及び教育職員免許法の一部を改正する法律」が成立・公布され、2022年7月より教員免許更新制は発展的に解消するに至っている。教員免許更新制導入に至る経緯などについては、久保(2007)、佐藤(2008)などが詳しく、伊勢本ら(2017)が指摘するように多くの批判もあったし(佐久間2007、今津2009、喜多ら2010、広田2011など)、廃止に関する研究については山田(2021)、小坂(2023)などがあるが、今後別の機会に論じることとする。

 教職大学院については、2007年4月に「専門職大学院設置基準及び学則規則の一部を改正する省令」の施行によって創設が決定し、2008年度から開設された。その際には、4割以上を「高度な実務能力を備えた実務家教員」とすることが義務付けられている。この創設によって、教員養成と現職研修の枠組みが大きく変わりつつある。異なる背景をもつ教員と学生で構成される新しい教育体制へと転換したことにより、各々の経験や役割等の違いについて正面から向き合い、「違いある人々」が混在する教育空間としての教職大学院の在り方を創造することが急務となっている(姫野他2019)。陣内(2007)は、大学で教員養成を行うことは今後一層重要視されなければならないとしたうえで、教職大学院については、ただ制度上(形式上)レベルを上げただけなら、「大学における教員養成」において大学院での教員養成が求められたように、同じ轍を踏むことになりかねないため、大学院ならではの専門職業人の養成が構想されるべきであるとしている。そしてその際に最も重要なこととして、現にその職業にある教職者たちとの連携による専門職集団としての自律性の確保、そしてそれと同時にこの職業がその職業行為の対象とする国民・社会に対する責任の取り方を挙げている点は注目されるだろう。

 それでは、実務家教員とは何か。2003(平成15)年3月31日の「文部科学省告示第53号」の第2条によれば、実務家教員は「専攻分野におけるおおむね5年以上の実務の経験を有し、かつ、高度の実務の能力を有する者」とされている。また、2006(平成18)年7月11日の中央教育審議会による「今後の教員養成・免許制度の在り方について(答申)」では、実務家教員に求められる役割は、単に事例についての知識の豊富さだけではないとしながら、事例や事例知識等をコーディネートしていく役割とともに、理論と実践の架橋を体現する者として、研究的省察を行い、リードする役割が求められるとしている。また、実務家教員に求められる実務経験としては、実務家として学生に対し適切な指導を行い得る、一定の幅の広さを持つ経験を有する者である必要があるとし、例えば教諭の場合、標準的な勤務経験(担任サイクル、主任等の経験)を考えれば、概ね20年程度の経験が必要だとしている。さらに、実務家教員として認定するためには、実務経験の期間と実務から離れてからの期間とを勘案して評価することが必要だとし、概ねの目安として、実務を離れてから5~10年以内であることを標準とするとしている。こうしたことから、教職大学院における実務家教員には、現場を離れて5~10年以内で、概ね20年程度の経験が必要であり、理論と実践の架橋を体現することが求められていることが分かる。

 ただ、実務家教員の実態は、各々の大学の裁量に任される部分が大きい。実務家教員の果たす役割やその難しさに関する研究として、まずは保坂他(2018)を挙げたい。保坂らは、科研の研究報告書「教員養成における交流人事教員と実務家教員の役割」において、実務家教員を4類型に分類したうえで事例的に分析し、「退職教員」の雇用形態と交流人事教員を核とした実務家教員の役割が課題であることを指摘した。特に、「退職教員」の雇用形態は様々であり、教職大学院の研究者教員は全員が常勤であることを踏まえると、その不均衡さが明らかになると指摘している。また、実務家教員のいわゆる「賞味期限」問題があることを指摘している。

 冨田他(2018)は、実務家教員にとって自らの実践経験を実践知に再構築し、さらに「学」の段階へ引き上げて形成するには、一定の研究経験と時間の確保が必要だと指摘し、そのことを「制度や組織として対応しないまま、個々の教員の判断や裁量に委ねることは、教師教育の質保証や教職大学院の設置趣旨の観点から見ても無理がある」とする。また、実務経験者型教員は公募による採用よりも、大学附属学校や教育員会を通して退職教員を大学教員として確保したことが多かったことから、どの大学も優れた実務経験者型教員の確保に苦労し、最も信頼がおける大学附属学校や地域の教育委員会が実務経験者型教員の供給源となっている実態を明らかにした。冨田らも、「実務経験の“鮮度”」に着目している。

 浦野他(2018)は、「実務」と「実践」がまったく同じであるかのように混在していることを指摘し、「「専門職として学び続ける教員」を養成する教職大学院は、この「実務」の説明にある「実際の仕事」を遂行できるだけの大学教員像を求めているわけではないはずであり、学術に基づく教育理論と豊かな経験で築いた教育観を踏まえた、「実践(理論や理念を行動に移すこと)」を自ら経験し、そのことを学生に指導できる大学教員を真に必要としている」と述べる。さらに、教職大学院は「現職教員が教職大学院で単発で学ぶことにとどまらず、学んだ者が学校現場に戻り、数年後に博士課程で学び、更に学校現場を経て教職大学院の実務家教員として教鞭をとるなど、学校現場と大学における学びのサイクルの普遍化を進めるべき」であると言及する。

 また浦野らは、「実務経験が豊富な教員が必ずしも優秀な実務家教員として高い指導力を発揮できているわけではない」という指摘に触れながら、「各大学は、教職大学院の研究者教員について、学術研究のみに偏らないよう、実践研究論文や、実務経験、学校現場経験を求めるとともに、実務家教員についても、実践のみに偏らないよう、実践研究論文等をまとめられる程度の研究能力を求めること」など、教職大学院のすべての教員が研究と実務の両面を持つようにすべきだと指摘している。

 実務家教員に関する研究について、姫野他(2019)は、諸外国における研究と日本における研究の関心の違いを整理しながら、研究者教員と実務家教員の役割と教師発達観の違いについて調査している。姫野らは、諸外国における研究では、①専門職としての教師教育者の役割や行動のスタンダード化、②教師教育者の専門性開発及び教師教育者の成長、といった2つの大きな流れがあるとし、それらに対して日本では教師教育者としての研究者教員と実務家教員の役割領域の在り方に関する研究が行われているとする。そのうえで、制度の現状と課題を論じた徳永(2014)や研究者教員と実務家教員のスタンス(態度)の違いに着目した佐瀬(2014)の研究、授業イメージモデルの違いに着目した寺嶋(2015)などの研究を踏まえながら、役割と教師発達観の違いを研究している。そこでは、研究者教員と実務家教員との間には、職務に費やす時間や他教員との連携、大学卒業時に身につけるべき資質能力や教師の学びの機会をめぐり、いくつかの相違が生じていることが明らかとなったという。

 以上が調べたことであるが、正直協働というテーマに行き着いたものの、高等教育の話はさすがに手を広げすぎたし、何やっているのかという気がしてくる。そろそろ専門そのものもやることが増えてきた。ただ、なんとなく実務家教員や教職大学院に関してわかってきたので、その程度でやめておくことにする。やばいやばい…。

【参考文献】

・伊勢本大・山田浩之・周正(2017)「教員免許更新制に教員は何を求めるのか?」中国四国教育学会[編]『教育学研究紀要』(CD-ROM版)第63巻.

・今津孝次郎(2009)『教員免許更新制を問う』岩波書店.

・浦野東洋一・冨田福代・杉田真理子(2018)「高度専門職業人養成の教師教育担当者の資質要件研究ノート」帝京大学教育学部[編]『帝京大学教育学部紀要』第6号.

・久保富三夫(2007)「免許更新制と現職研修改革」日本教師教育学会[編]『日本教師教育学会年報』第16巻.

・喜多明人・三浦孝啓[編](2010)『「免許更新制」では教師は育たない』岩波書店.

・小坂明(2023)「教員免許更新制の廃止とこれからの課題:教員研修という観点からの考察」神戸親和女子大学教職課程・実習支援センター[編]『教職課程・実習支援センター研究年報』第6号.

・佐久間亜紀(2007)「なぜ、いま教員免許更新制なのか:教育ポピュリズムにさらされる教師たち」『世界』2月号, 岩波書店.

・佐瀬一生(2014)「教員養成において実務化教員ができること」『SYNAPSE』5月号.

・佐藤利幸(2008)「教員免許更新制導入に至る経緯」京都大学教育行政学研究室[編]『教育行財政論叢』第11号.

・陣内靖彦(2007)「8 教員養成のこれまで/これから」油布佐和子[編]『転換期の教師』放送大学教育振興会, pp.123-135.

・寺嶋浩介(2015)「教員養成学部に所属する教科教育法担当教員の授業イメージ:教科専門担当教員との違いを踏まえて」『日本教育工学会論文誌』第39巻第3号.

・徳永保(2014)「特集 実務家教員で教員養成はどう変わるか・変わったか」『SYNAPSE』5月号.

・冨田福代・浦野東洋一・杉本真理子(2018)「高度専門職業人養成の教師教育における大学教員の資質要件に関する研究」『大阪教育大学紀要 総合教育科学』第66号.

・野中陽一・木原俊行・小柳和喜雄(2024)「教職大学院実務家教員の実態把握の試み」『横浜国立大学教育学部紀要』.

・姫野完治・長谷川哲也・益子典文(2019)「研究者教員と実務家教員の大学における役割と教師発達観」日本教師学学会[編]『教師学研究』第22巻第1号.

・広田照幸(2011)『教育論議の作法:教育の日常を懐疑的に読み解く』時事通信社.

・保坂亨他(2018)「教員養成における交流人事教員と実務家教員の役割」(基礎研究(C)26381255).

・山田浩之(2021)「教員免許更新制の終焉をめぐる教員の意識」広島大学大学院人間社会科学研究科[編]『教育学研究』第2号.

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