全スタートアップが悩むPMF(プロダクト・マーケット・フィット)の測り方を真剣に考えてみた
アメリカでこんなジョークを耳にしたことがあります。
スタートアップを経営しているとほぼ100%と言っていいほど皆頭を悩ませるのがPMF(プロダクト・マーケット・フィット)です。PMFをものすごく簡単に言えば、そのプロダクトがビジネスとして成立(ほしい人・お金を払っても買う人がいる状態)しているとき、その状態をスタートアップの世界ではPMFしている、と言います。これができなければ、残念ながらスタートアップは市場から退場することになり、そして世の中のほとんどのスタトアップが辿る道のりでもあります。
PMFという言葉はそもそも、Netscape(昔人気だったインターネットブラウザ)の創業者であるマーク・アンドリーセン氏が作った概念だそうです。
今回は実際にPMFについて超頭を悩ませたいちスタートアップ経営者として、自身の経験をふまえプロダクトのPMFまでに至る道のりの経験と思考を、同じような頭痛のネタを持っている人の役に立てばと思い記事にしてみました。
P(プロダクト)とM(マーケット)の考え方
PMFという言葉だと
プロダクトのアイデア(P)→マーケット(M)
の順番で考えがちですが、実際はまず
マーケットがあるか(M)→プロダクト(それを自分たちが解決できるか)
この順番で考えると理解がしやすいです。
これは私個人の経験則ですが、起業の相談を受けるときの99%がアイデアの相談なのですが、この考え方でうまくいった人を見たことがありません。
もっと気にするべきなのは「こういう課題を解決することにニーズはあるか?」であって「それは自分たちで解決できるのか?」はその後に考えるべきことだと思います。
残念な事実ですが、アイデアそのものに大きな価値はありません。どんな画期的なアイデアも、お客様のニーズがなければただの趣味です。
こんなスタートアップの格言があります。
起業するとき、ついきらめくアイデアに気が向いてしまいますが、アイデアよりもお客様の課題・問題に注意をはらう方が良いマーケットを見つけやすくなると思います。
プロダクト(P)とマーケット(M)の定義
これも曖昧になりがちですが、ここではそれぞれをこのように定義して考えます。
・M(マーケット)とは顧客の「お金を払ってでも解決したい課題(ニーズ)」の種類と大きさ
・P(プロダクト)は「顧客の課題を解決する手段」
スタートアップの世界ではユーザーが抱えている大きな課題を「Burning Needs:バーニング・ニーズ(燃えるようなニーズ)」と言います。要するに、足元に火がついているのでお金を払ってでも火消しをしたいと思うような大きな課題のことを意味します。
もしあなたがスタートアップをこれから起業しようとしているのであれば、プロダクトのアイデアを考えるその前にそのアイデアで提供できる課題解決をお客様は本当に必要としているのか?ということをまず何よりも先に考え抜いてください。スタートアップがよくやってしまう典型的な失敗が、ニーズがない、またはニーズはあるけどお金を払ってまで解決したいほどではない課題に対してサービスを作ってしまうことです。
後述しますが、これを避けるためにスタートアップに必須なのが「MVP(ミニマム・バリュアブル・プロダクト」と呼ばれるものです。
(余談:ニーズはあったけど解決策がなかったセラノスの失敗)
ごくまれに、課題はものすごく大きいけど、それを解決する課題を提供できないこともあります。過去に一世を風靡したセラノスはまさにこの典型例です。セラノスはかつて一斉を風靡したスタートアップで、血を一滴検査するだけで健康診断ができ病気を予防できるという夢のようなプロダクトでした。しかし、スタートアップ界隈の人であればご存知でしょうが、結果的にはプロダクトは十分に機能せず、血を一滴だけと言うのは技術的に不可能であることが判明しました。最終的にはVCなど各所から提訴され現在も審議中とのことです。
セラノスがなぜこれほどまで注目されたのか?それはまさにBurning Needsがあったからです。しかし、それに対して正しいプロダクトを提供できていませんでした。課題解決が提供できないまま資金調達をすることは、一歩間違えれば詐欺になってしまいます。そういう意味では、スタートアップというものは無理だと思われる理想を現実にすること、できなければ一歩間違えば詐欺師という見方もできるかもしれませんね。このように、ニーズはあるけど課題解決ができないということもありますが、これは基本的に例外です。しかし、このことからもPMFがいかに困難であるかがお分かりいただけるかと思います。
ほとんどのスタートアップがPMFに失敗する
こちらのグラフはアメリカの著名なVCであるマーク・アンドリーセン氏が作成したもので、いかにスタートアップの多くが市場がない、ニーズのないところでビジネスを開始してしまうことが多いかを物語っています。
引用:7 Lessons From 100+ Failed Startups
まずニーズがあるのか、そしてそれを解決するプロダクトを作れるのか、この2つを満たしていることがPMFを達成した状態、と言えるでしょう。
PMFの実践的な測り方:ニーズががあるか知るために「MVP」を活用する
そこにマーケットがあるのか?を知るためのメジャーな手段が「MVP(Minimum Valuable Product(最低限の機能のみがあるプロダクト)」を作ることです。
最初にも言いましたが、スタートアップが最もやってはいけないことの1つが、ニーズがないところでプロダクトを作ってしまうことです。しかし、本当にニーズがないかはやってみないとわからないもの。そこでまずスピーディにMVPを作り、お客様候補に見せてリアクションを見るのです。
また、ここで大事だなと思うのはMVPは必ずしもプログラムで書いた動くサービスである必要はありません。例えば、今でこそ10兆円の時価総額を超えるAirbnbですが、サービスをリリースした当初はこんな感じのものすごくシンプルなサイトだったそうです。
まだ民泊と言う概念が一般的でない頃、これを元に家を持っている人はそれを誰かに貸して収入を得たいニーズがあることを確かめたそうです。
かく言う私が経営するSmartMeetingも、最初のMVPは実はGoogleフォームでした。
このGoogleフォームは「会議の改善はなぜ起きないのか?それはフィードバックがないからだ。ではフィードバックがあれば改善できるのでは?」と言う仮説から始まっています。なので実際にGoogleフォームでアンケートをとり、課題があることを確信し、そこからプロダクトを作り始めました。その後もまずクローズドβをリリースしお客様の声をヒアリングしました。
要するにMVPはクイックなニーズの仮説検証の道具として優れているということです。
1. とにかくスピーディに
2. 最小機能だけのものを提供し
3. お客さんの声をヒアリングする
このプロセスがスタートアップにとっては欠かせません。もちろん最初からニーズを捉えている場合もありますが、それは創業者がその業界で長く勤めていたり、経験上知っていたりするなどノウハウがあるからできることです。自分自身にノウハウがない業界で起業するのであれば、MVPを使ってまずニーズを検証することを私自身も強くおすすめします。
最終的な結論:PMFが見つかった時は誰が見てもわかる(本当に!)
スタートアップの初期では、ユーザー数もそこまで多くなく分析できるほどのデータがないため、定量でPMFを測ろうとしても現実的ではありません。もちろん売上が上がっていたりアクティブユーザーがすでにいることが1番理想ではありますが、ほとんどのスタートアップの初期ではそれは遠い理想であることがほとんどでしょう。
ものすごくシンプルに言えば、PMFをしているのかな?と思う時は、まだしていないことがほとんどです。逆に、PMFをしていたら誰から見てもわかる、ということです。
・お問い合わせが殺到する
・熱狂的なファンができる
・ひとりでに売れるようになる
このように、お客様またはお客様候補からのリアクションでわかるようになると言うことです。なんだそんな曖昧なのかよ!と思うかもしれませんが、実際にKPIだけ追ってしまうこと、本質的出ないことに注力してしまうとPMFしたつもりになってしまいます。本当にお客様が課題を解決できているのであれば、それはお客様が教えてくれるものです。スタートアップの使命は、顧客が言語化できない課題を解決することです。100人のにわかファンより、10人の熱狂的なファンを作りましょう。PMFしたかどうかは最終的にはユーザーが教えてくれるものであり、それ以外にありません。真摯にお客様と向き合うことでこそスタートアップの活路は拓けるのだと思います。
PMFしたなと思った2つの出来事
私が過去スタディサプリ、SmartMeetingなどのプロダクトを立ち上げていたとき「ああ、これはPMFしたかも」と思う瞬間がありました。実際、売上もたってきて、ユーザー数も増えてきたので、感覚値と実態もある程度しっかり比例していたような気がします。
そのタイミングは大きく2つあって、
1. 熱狂的・アンチ両方のユーザーがいること
2. サービスを紹介してくれるお客様がいること
でした。1つめは、そこそこのファンではなく「熱狂的」なファンがいることです。そして同時に、アンチなユーザーも発生すると望ましいです。さらに、熱狂的なファンが発生すると、口コミで他のお客様を紹介してくれるようになります。そうなると、ひとりでにサービスが広がっていき、いわゆる自律した状態になります。感覚としては、もう自分が頑張らなくても死ななくなる、そういう瞬間がPMFした、と言えるのだと思います。
PMFの測り方でよく見かける間違い
よくある間違い1:NPSはPMF計測にはふさわしくない
こちらのサイトではグローバル・カンパニーのサービス各種のNPSを見ることができますが、GAFAの各種サービスや誰もが知っているYahoo!などの超有名サービスでも、NPSはそこまで高くないことも多いのです。
このことから言えることは、ユーザーは不満を持ちつつもそのサービスを使い続けるということはよくあるということ、ユーザーの声は必ずしもあてにならない、ということです。ユーザーの声を聞かなければニーズは測れない、でもユーザーの言うことを鵜呑みにするとサービスは成長しない、スタートアップはこの二律背反の中にいても最適手を選び続けなければいけません。難しいですね。
おもなネット企業のNPS
よくある間違い2:数値KPIでのみPMFを測ることも危険
PMFをはかる上で意味のない数字を追うことは会社の寿命を縮めてしまいます。周りのスタートアップで多く見かけるのが、ユーザー数や導入企業数です。メディアに取り上げられたり、広告を出せば増える数字はPMFとは無関係です。それよりも、使ってくれたお客様は満足しているのか?を考えなければいけません。
目に見える数値でPMFを測りたくなるのは痛いほどわかるのですが、そもそもPMFをしたかどうかわかる共通解はありません。安易に目先の数値のみを追うのではなく、ユーザーに泥臭く向き合うことが大切です。
スタートアップのプロダクトにとって大事なのは、そのサービスがなぜ好きなのか?つまりどういう課題を解決できているのかを知ること。そしてなぜ嫌いなのか?つまりなぜあなたの課題は解決できていないのか?をとにかく聞くことです。
ここで大事なのが、ユーザーに「何が欲しいか?」を直接聞いてはいけないと言うことです。有名な格言にヘンリーフォード氏のこんなものがあります。
このユーザーへのヒアリングと解決策の提示、このサイクルをいかに素早く繰り返すかがPMFの王道だと思いますし、手法の違いはあれど他のPMFの測り方も根本は同じです。答えはユーザーが持っている、でもそれは自分たちで見つけるしかない。大変ですね!
なぜスタートアップにとってPMFが大変なのか
一般的にスタートアップは約20%しかPMFできないと言われます。なぜこんなにも大変なのか?スタートアップ創業者の苦悩の中身は何なのでしょうか。
PMFは必ずしも目に見えない(数値に現れない)
スタートアップの関係者であれば骨身に染みていると思いますが、PMFというのは言うは易き、しかし行うは難しという典型例です。
まず難しい理由の1つは、PMFは必ずしも目に見えるわけではないと言うことです。初期のスタートアップがVCから資金調達をするときに必ず気にされるのが「そのプロダクトはPMFしているのか?」です。しかし、これは言葉ではなんとも説明し難いものです。
初期のスタートアップはお客様もあまり多くなく、データも必要十分な量があるとは言えません。お客様の声という定性的なものしかない、これがほとんどのスタートアップの現実だと思います。しかし、その中でも会社が生き延びるためには、VCと交渉し資金調達をしなければいけません。スタートアップの2大苦しみの1つはプロダクトのPMF、もう1つは資金調達です。多くのスタートアップ創業者が途中で心が折れてしまうのは、こういう点にあるでしょう。
PMFは1回達成して終わりではない
さらに、PMFというものは1回それらしきものを達成したらはい終わり!という性質のものではありません。マーケットというものは人の行動や生活が変わることで変化し5年後も10年後も今のままではいられません。
例えば、強力なライバルや大企業が参入してきて顧客を奪われる、自分たちが持っているノウハウが時代遅れになってしまったなど、様々な障害があります。PMFをした後も、お客様に愛され続けるために素晴らしいプロダクトを提供し続けなければいけません。
せっかく苦労してPMFしたのになんだよ!というのが全スタートアップ経営者の本音ですが、そんなことを言っていても仕方ありませんので変化に適用できるよう日々努力するしかないのが辛いところですね…
ただしその逆も然りで、例えばコロナ渦で大きく成長したZoomですが、そもそもビデオチャットサービスは以前からありましたが、リモートワークが普及するにつれ大きく利用者が増えました。このような突然吹く突風がスタートアップに味方することもたまにあります。しかし基本的にコントロールできるものではないので、日々地道にプロダクトを磨き込むしかないのが辛いところ。
スタートアップの格言:「スケールしないことをしよう」
これはポールグレアム氏の有名な格言です。普通ビジネスをする上で、ユーザーが増えたり会社規模が大きくなっても大丈夫なような手法を考えがちですが、ことスタートアップの初期においては真逆のことをしましょう。
初期のAirbnbはサンフランシスコで起業したのですが、実際の初期顧客はニューヨークにいました。アメリカ大陸のちょうど真反対の都市です。創業者は実際にニューヨークのユーザーの自宅を1件ずつ回ってヒアリングをして回ったそうです。一見地道で意味がない行為に見えるので、多くのスタートアップ創業者は嫌がります。特にエンジニアやデザイナーで起業した人に多いような印象があります。
しかし、PMFを知るうえでユーザーの声をヒアリングすることは絶対に欠かせません。私もサービス立ち上げ期は、100社以上のお客様の声をヒアリングさせていただいたものでした。一見スケールしないことが、逆説的にスタートアップの生存率を上げるというのは不思議なものです。
スタートアップにとってPMFは禅問答・解なき問である
この記事を書くうえで改めていろいろなweb記事やVCの意見を調べてみたのですが、結論としては
「みんな意見も分かれてるし、ようわからん!」
でした(笑)いや、本当にこれ難しいんです。それっぽい理屈では理解できるものの、プロダクトによって最適な指標は変わりますし、万能解はありません。
永遠にPMFに向き合い続けることこそがスタートアップの面白さであり、大変さなのは間違いありません。こればっかりはスタートアップをやったことがないと、わかりません。
スタートアップ関係者のみなさん、ぜひPMFについてお考えをTwitterなどで聞かせてください!スタートアップな皆さんのプロダクトが見事PMFを果たせることを応援しております。
お知らせ:PMスキルを磨く動画スクールコミュニティの事前登録を受付中
また、今春にプロダクトマネージャーのスキルを磨きたい人向けの動画スクールコミュニティを立ち上げる予定です。初期は10名ほどに限定して少人数で開催しますので、ご興味ある方はこちらから事前登録をしてください。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?