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漢方医のトレーニング

 今回は先代店主から聞いた、お師匠の逸話を投稿します。

君たちは時間があっていいな。私にはゴルフに行く暇なんて無いよ。

 店の休憩室で談笑する弟子たちに、お師匠はこのように述べたそうです。お師匠のお店は診察待ちの列が常であったそうです。繁盛している店を切り盛りして、更に弟子たちの指導をしていると、遊びに行く暇など無いでしょう。しかし、お師匠の真意はそこではありません。

漢方医のトレーニング

 漢方では、証の判断が重要であるとされています。

 漢方医を、「証を判断する職人」として捉えた場合、日々のトレーニング(鍛錬)は欠かせません。お師匠の言葉は、トレーニングを欠かすなという忠告なのです。
 では、漢方医のトレーニングとは何でしょうか。お師匠はお客が途切れると、店先を歩いている人を観察していたそうです。それは、体型や肌色、歩き方等々を見て、どのような証であるかを判断するためです。また、閉店後には過去の症例や漢方書を読み漁っていたそうです。
 このような鍛錬を欠かさなかったお師匠は、お客さんが身体の不調を言う前に、どんな症状に悩んでいて、原因はどこにあるかを先に言い当てたそうです。また、そのようにお客さんに対応しなければ、営業時間内に捌ききれなかったそうです。

 お師匠のトレーニングは、AIのディープラーニングに似ていると感じます。しかし、私は情報入力はオマケであったと思います。「証の判断が大事で薬は後からついて来る」と述べられていたように、トレーニングは、観察眼を鍛えることが主体であったと思うのです。デッサンは上手く描けることではなく、観察眼を鍛えることが本質であるように、見分けると言う技術には鍛錬が必要なのです。
 書物の情報(症例)をお客さんに当てはめるのは「薬が先」になります。そうではなく、まずはお客さんの体質の機微を見分けること。それが「証の判断が大事」と言うことなのでしょう。この武器を徹底的に磨き上げていたことが、お師匠が名医たる所以であると思います。

 情報過多の現代において、私たちは情報を当てはめて考えがちです。しかし、お師匠のように、お客さんに正面から向き合う漢方医は、今も全国にたくさんいらっしゃると思います。
 皆さんが良い先生に巡り合えることを願っております。また、当店へもご相談頂ければ幸いです。

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店主略歴

 広告代理店とデザイン会社の勤務を通じて日本文化に関心を持つ。國學院大學へ入学、宗教学(古代神道、宗教考古学)を専攻。神社本庁の神職資格(明階)を取得し、卒業後に都内神社にて神職の実務経験を積む。現在は家業の薬店を経営。登録販売者資格保有。

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