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37、告げられる真実。罪の意識

私の全身に鳥肌が立った。

「……殺戮の道?」
 
私は思わず聞き返した。
胸の奥がきりきりと痛む。
 
ルカが私の額に手を当てた。

「アナよ、己の犯した罪を知る時が来ました。心して見なさい」
 
私は恐ろしくなりルカの手を払った。

「……嫌だ、見たくない! それにそんな風に喋るのはやめて!」

すると私の身体に電気の様なものが走った。
――全身が鋭く痛む! 
眼の前が真っ白になり意識が遠退く――

――ここはどこ? 
黒い世界。
どこからか届く光に私の髪の毛やセーラー服が照らされている。
……どうやらここは宇宙空間らしい。
私は真っ黒い宇宙空間に浮いている。

ルカは、ルカはどこに行ったの? 
ルカの姿が見えない。
私は再び独りきりになってしまったのだろうか?

……あれは何だ? 
数億人はいるだろうか、白く光り輝く人達が慌てふためいている。
老いも若きも男も女も皆、悲鳴を上げたり鳴き叫んだりとしながら宇宙空間を飛び回っている。
一体、どうしたのだろうか? 

……ん? 

彼らは人間ではない。
以前の私と同じ姿をしている。
――あれは神だ! 
神々が慌てふためきながら宇宙空間を飛び回っている! 
 
宇宙空間の向こうから、青い光をまとった一人の神が飛んで来た。
青い光の神は大きな声で笑っている。
あの禍々しい異様な雰囲気……。
思い出した! あれは私だ、アナ・ウロングクスヌク・ピエトリ・ユタだ! 
私の前世、破壊の神だ! 
 
破壊の神は腕を振り回して数万の神を切り捨てると、神々の中央に躍り出た。
破壊の神は背筋を曲げ両腕をだらりと下げてニヤニヤ笑っている。
まるで四足の邪悪な獣だ!

「凡庸で無能な神共、慌てふためくでない! 醜態を晒すのは止め、せめて新たな王にその血を捧げろ!」 
 
破壊の神はそう叫ぶと神々の群れに飛び込んだ。
破壊の神は縦横無尽に神々の中を飛び回る。
至るところで叫び声と共に赤い血しぶきが宙に舞う。
破壊の神は全身に血しぶきを浴びながらゲラゲラと笑っている。

「やめて、やめて! そんな事をするのはやめて!」
 
私は破壊の神に必死で叫んだ。

「善人面するのはやめなさい」

ルカの声が脳内に直接届いた。

「この殺戮を犯したのはあなたです。己の行いをとくと見るのです」

姿は見えないけれどルカの声が聞こえる。
 
「あの神はあなたです。あなたが神だった頃の姿です」
 
「違う、絶対に違う!」

ルカは何を言っているのだ、あんな気の触れたヤツが私である訳がない! 
それにルカの言葉遣いは何だ? 
本当の天女の様になってしまっている!

「眼を背けてはいけない。己の罪を背負うのです」

「嫌だ、絶対に嫌だ! あいつは私ではない!」
 
私は頭を掻きむしり泣き叫んだ。
あの神は私ではない、
絶対に私ではない……。

首を刎ねられる老いた女神、腹から臓物を出している年端のいかぬ男神、若い女神をかばって両断される若い男神、応戦虚しく息絶える壮年の男神、命乞いをしながら顔を潰される性別も分からない神、数万の規模でまとめて切り刻まれる神々……。
あらゆる死が混然一体となり宇宙空間を埋め尽くす。
神々の赤い血や肉片、臓物が宇宙空間に撒き散らされる。

「神は不死ではありません。従って、いつかは必ず死ぬ運命にあります」

私の身体に神々の血が降り注いだ。 

「嫌! 嫌あああ!」
 
「しっかりと眼を開きなさい!」

ルカの厳しい声が脳内に響く。

「大宇宙神の定めし役目を終えると、神は死を迎えます。大宇宙神の手によって、神は神としての死を迎えます。しかし、今眼の前にいる神々は全て破壊の神――アナ、あなたの手によって死を迎えようとしています。あの神々は大宇宙神の定めし役目を終える事なく、道半ばで非業の死を遂げるのです。苦しみながら、泣き叫びながら……」

 宇宙空間のいたる所で強い光が生まれては消える。

――神々が発する光だ。

神々は死の間際、一瞬身体を強く光らせて消えていく。
宇宙空間全体がダイヤモンドダストの様に煌めく……。

「……私が神の……神々の命を奪った……。本当に……本当に私がそんな事を……」

「神々の死によって多くの命も共に消えていきました。知的生命体、海や陸の様々な動物、植物、そして菌に至るまで……。あなたは多くの命を、自分勝手な理由で奪い去ったのです」

私は両手で頭を掻きむしった。
胸の奥が鋭く痛む。
 
私は咄嗟に舌を噛み切ろうとした。
でも、上下の歯を舌に当てた瞬間、舌が石の様に硬くなってしまった。
私は前歯を少し痛めただけで舌を噛み切る事は出来なかった。

「自殺する事は出来ません」

ルカが冷たく言い放った。

「どうして? 私なんて死んでしまった方が良い! 死なせて!」

「それは出来ません。神として生まれた者は例え生まれ変わったとしても、自らの命を自ら奪う事は出来ないのです。神の命を与奪出来るのは、本来は大宇宙神のみです」

宇宙空間に瞬いていた神々の光が全て消えた。
数億もの神々が全て死んだ……。
 
破壊の神の後ろ姿が見える。
背筋を曲げ、両腕をだらりと下げたまま身じろぎもしない。
破壊の神はもう笑ってはいない。
真っ暗な宇宙空間を見つめ、何事かをじっと考えている様に見える。
破壊の神が振り返った。
破壊の神は白く輝く眼でじっと私の顔を見つめる。
何を考えているの? 
あなたは一体、何を考えているの?

「……ルカ」
 
私は破壊の神を見つめながら呟いた。

「……私はなぜ神々の命を奪ったの? なぜ神々の命を奪えたの? 大宇宙神以外は神を殺せない。それなのに私は多くの神を殺した――いや、殺せた。なぜ!」

すると破壊の神の後ろに山の様に大きな神の姿が見えた。
――大宇宙神だ。
破壊の神よりも遥かに大きく強い光……。
大宇宙神も破壊の神と同じ様に、じっと私の顔を見つめている。

「大宇宙神が望んだから、あなたは多くの神を殺せたのです」

ルカの声が脳内に響いた。

突然、眼の前が真っ白になった――

――緑色の草、辺り一面を覆っている。
……大草原、青空、白い綿雲、綿雲が草原に落とす黒い影――ここは私の生んだ惑星だ。
私は宇宙空間から再びこの惑星に移動して来た様だ。
身体全体に付着していた神々の血も消えている。
草原の向こうに光り輝く巨大な何かが見える。

――神だ。

ビルの様に巨大な神が私の方へ向かって歩いて来る。
あれは私――破壊の神だろうか? 
でも、草原を歩いて来る姿に禍々しい雰囲気はない。
むしろ穏やかな光に包まれている様に見える。
神の周囲をたくさんの何かが舞っている。

――無数の鳥や昆虫だ。

鳥や昆虫達は神と戯れる様に周囲を舞っている。
神も愉しそうに、まるでピクニックでもするかの様に軽やかに歩いている。
 
突然、私の身体が宙に浮き上がった。
私はそのまま上昇し、神の顔の高さで静止した。
神の顔は私のすぐ傍。
神はやはり愉しそうに笑っている様に見える。
神の肩や頭の上には多くの鳥が止まっている。

神は立ち止ると左右に両手を開いた。
すると周囲を舞っていた昆虫や鳥達が、神の掌や腕にとまった。
周囲の草の陰からも多くの昆虫や鳥が飛び立ち、神の周囲を舞った。
 
あの神は私ではない、私とは別の神だろう。
この惑星も私の創った惑星ではない。
似てはいるけれど別の惑星だろう。
……それにしても何て羨ましい神だろう。
自らの創った生き物達からあんなにも慕われている。
私とは正反対の神なのだろう。
きっと私は、自ら作った生き物達に恐れられ毛嫌いされていた事だろう。

「アナ」

脳内にルカの声が響いた。

「あの神はあなたです。アナ・ウロングクスヌク・ピエトリ・ユタです」


➡38、アナ・ウロングクスヌク・ピエトリ・ユタ

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