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【本紹介】音楽と生物(坂本龍一・福岡伸一著)

 AIの話題に疲れたり、違和感を感じている人は、本書を読むとその違和感が言語化されているかもしれない。音楽家(坂本龍一)と生物学者(福岡伸一)。一見相反する場所にいる二人の対談本である本書「音楽と生命」。自分の分野をとことん追求してきた二人だからこそ、深みのある言葉が綴られている。

20年来の友人である二人は共にNYに暮らし、英語という母国語以外の言語をメインとして、ロゴス(後述)で区切られた世界で暮らしている。

 人が言葉によって定義づけ、輪郭を与えられている世界への違和感。自然への畏怖。人も、自然物のひとつに過ぎないという忘れられがちな事実。

 本書を読み終えて感じたのは、自身の感覚的なものこそ、より大切にしようと思えたこと。違和感、自分の第6感的なものを、研ぎ澄ませていったり、蓄えていかないな、と感じさせられた。読み終えた後の自分の内にベクトルが向く感じ、自分の外の世界に対する感覚を変えなくてはという思いが沸き起こり、今、この時に出会えてよかったと、静かな満足感が湧き上がる不思議な一冊だった。

ロジックで導き出せないもの。

それにこそ、生命の神秘、人間の輝き、のようなものが宿されている。

本書は、読者へと、あなたの感覚器は、まだ健在なのか?と問いかけている気がした。

本書は、ロゴスとピュシスの対立をベースにして語られ始める。

ロゴスとは、人間の考え方、言葉、論理といったもの。
ピュシスとは、我々の存在も含めた自然そのもの。

音楽と生命 p.6

福岡: 人間は長いこと、自然とは何か、人間とは何か、自分とは何か、というようなことを考えてきて、特に近代的な科学の発展以降はそれなりの成果をあげ、現代の私たちもその恩恵にあずかっていますが、よく考えると、どうも自然そのものと人間が考えていることとは不一致なのではないかと思うのです。

音楽と生命

 音楽家の坂本龍一さんが、博識であることに驚いた。専門の音楽に関する知識・歴史はもちろん、哲学や生物学にも造詣が深く、一流の研究者である福岡さんと実に深い部分で対話している。

坂本:AIは、正解は1つしかないと判断しますが、1つの世界だけあって、あとは間違いというのは、音楽にもアートにも、それから生命にもありません。常に間違いを繰り返すつつ、進んでいるのか生命ですよね。

福岡:そう、壊しながら進んでいるのが生命です。

坂本:そういうエラーが起こりつつも進むというところは、決められたルールの中で、勝ち負けをはっきりさせるAIにはよくわからないはずです。AIに、音楽やアート、あるいは生命や宇宙というものを、本当の意味で理解することはできないと僕は思いますね。

福岡:生物学者の中にも、やはりAIよりの考え方に凝り固まっている人たちがいます。生命の歴史は、大体38億年位あるんですけれども、38億年前と同じ大気の組成、湿度、温度といった初期条件を設定すれば、生命が発生し、進化の歴史がそのまま再現されると彼らを信じてるんですね。それはまさに、AI的思考である条件が与えられれば、それに応じてアルゴリズムが働くと言う考えなんです。

坂本:危機的な生命観、世界観ですね

福岡:本当にそう思います。さっき坂本さんがおっしゃったように、進化というものがエラーの繰り返しですし、別に優れたものが、違うものが、生き残ったわけでもなくて、たまたま変わったものが生き残ったに過ぎないわけです。そのかわり方も、偶発的で、自ら壊すことによって、あえて不安定さを生み出して、前に進んだということなので、全くアルゴリズム的ではありません。だから、同じ初期条件が与えられたとしても、生命は発生しないかもしれないし、したとしても、これまでと同じ進化のプロセスを経るかどうかというと、絶対に同じことを起きません。

坂本:突然変異というのは、無数に刻々と繰り返されているわけですし、その時期に何が進化するものとして選ばれるかというのは、その生き物が生きている環境や、そこに住んでいる他の生命体の活動と無縁ではありませんしね。

生命と音楽 p.71-73


福岡: そう、お互いのフィードバックがあるわけですから。進化というものは、与えられた条件ではなく、その生物が他の生物や環境と相互作用しながら作り出すことによって起こる変化です。cause effect (原因と結果)の関係ではないと言う事ですね。
坂本: cause effect は、まさに英語的なレンガ積みの積み重ねの思考ですね。けれども、実際の世界はそうなっていないはずなんです。AIに代表されるアルゴリズム的思考は、ロゴスのレンガを積んで、仮想世界という壁を築き、その中に閉じこもうとしている感じがあります。でもそれは幻想ですね。経済も同じで、人間の脳が考えた仮想としての無限を宇宙の有限性の中に持ち込んで、無限に成長する、儲けると言うことを考えているわけですけれども、本当にバカバカしいと思います。

福岡: アルゴリズム的思考の落とし穴ですよね。いつか、自然災害の世の中の大きなカタストロフィーが起こって、積んだレンガが崩れることを目の当たりにすることになると思いますか、またすぐに、そこからレンガを積んでいくと言う愚かさが人間にはありますね。さっき、坂本さんがおっしゃったように、人間の脳が、そういう傾向を持っているということなのだと思います。

ロゴス的な世界の限界。。

ロゴス的ではない、他の思考ができないんですよね。実際、今こうして会話していること自体、言葉という分断と固定化の道具を使って、思考を投げ合うしかないわけです。
それが大きなジレンマですが、私たちはその矛盾を抱えながらも行き来せざるを得ません。言葉やロゴスの呪縛から、本来のピュシスとしての我々自身をいかに回復するかということですね。

音楽と生命

本書で紹介される、福岡氏の動的平衡、そして坂道を駆け上がろうとする合成と分解の均衡を探ろうとする図形には、思わず唸らされた。福岡氏が、世界を驚かせる論文を発表する日が来るかもしれない。

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