母の日に考える産みの親という存在
本日もご覧くださりありがとうございます。
特別養子当事者の志村歩です。
2024年5月12日は母の日ということで
産みの親という存在について考えてみます。
本記事を読み進めていただくことで養子当事者が抱える産みの親に対しての素直な気持ちを知ることができます。
なお、後半部分は有料ですが、活動を応援してくださるということで最後までお付き合いいただけると大変嬉しいです。
以前の記事でご紹介したように
私は産みの親の元を離れ、生後8ヶ月で育ての親と養子縁組を結んでいる。
当然のことながら私自身の記憶はなく産みの親がどのような気持ちで託したのかも全く知らない。
ただ迎えた当時、育ての親は嬉しかったらしい。
この活動をしていると良く聞かれることがある。
それは責任とは何か?である。
高校生くらいまでは産む=育てるということが
責任を果たしていると考えていた。
無理もない、なぜならこの世界はイコールであることが大多数を占めて当たり前とされているからである。
その考えが変わったのは大学生の時だったと記憶している
同期の女性が妊娠して自主退学したのである。
恥ずかしながらその時初めて妊娠とは人生の一大事であり、妊娠した女性1人で何とかできるものではないことを実感したのである。
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