朝焼け__1_

【連載小説】風は何処より(9/27)

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11:30になって、城所は家を出た。
目指すは、近所の立ち食いソバ屋である。
あまり迷わずに、「かき揚げそば」を選んだ。
370円は、城所の小遣いからしてもリーズナブルだ。

30秒もすると、湯気を立てた丼が、お盆の上に提供される。
出汁とかえしの匂いが鼻をくすぐる。
お盆をうけとり、自分の確保するスペースに足を運んだ。

七味を少し振って、そばを一気にすすった。
うまい。
この店は、昼時は天ぷらも揚げ立てになるので、贔屓にしている。
3分ほどで食べ終えてしまった。
「ごちそうさん」短く言って、下膳棚にお盆を置いた。
「毎度」と店主も、元気に応対する。

そばを食べ終えると、老人は、墓参りに出かけた。
自宅から、妻の墓のある寺までは、バスで行く。20分ほどの道のりだ。
命日など関係なく、暇さえあれば、老人は墓参りに出かける。

盆でも彼岸でもない、むしろ年末に向かっているこの季節に、参拝客は少ない。

入口で線香を買い、手桶に水を張って、墓に向かう。
「城所家先祖代々墓」と刻まれた墓石の前で、線香を手向け、石に水をかける。
先祖代々とはあるものの、この墓には、老人の母のみが埋葬されている。
もとは、東京市浅草区あたりにあった寺が、空襲による被災で、こちらに移ってきたものだ。
霊園というほど大きな施設ではないが、十一もの寺が軒を連ねる合同墓地だ。
そのため、大東亜戦争以前に亡くなった者の遺骨は入っていない。
また、墓参りに来た「妻」の遺骨は、入っていない。

妻が死んだのかさえ、老人は知らない。
しかしながら、妻が遺していった僅かな品を、老人はこの墓に納め、慰霊している。
「妻は死んだ」そう思わなければ、老人はその思いの丈をやり過ごすことができなかったのだ。

城所は、空を見上げた。冬らしい、曇り空だった。



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