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アイデアの根は見えないところで動いている: 植物身体論

考えがぐるぐると渦巻いて、まとまらない。うまい書き出しが出てきてくれない。いっこうに論文と向き合えない。書いては消すを繰り返す。
今がまさにそういった時期だ。

息をするために、ベランダに出る。最近は、部屋にもベランダにも、植物を置いている。
小さな鉢に入れたローズマリーの元気がない。お前もかぁ、と撫でてみる。香りも元気がない。
そういえば、と思い、木質化している幹の根っこを持って、土ごとズボッと鉢から取り出してみる。すると、鉢底で根がぐるぐると渦を巻いている。
同じように、自室に置いてあったモンステラのことも気になって鉢底を見てみた。隙間から細長い根がぐるぐると巻いている。どおりでみんな、元気がないわけだ。

鉢底で長い根がぐるくると、まるでとぐろを巻いているかのようになっている様子を、園芸界隈でルーピングとか、サークリングと呼ぶらしい。これは植物の生育にとってはあまり良くないのだそうだ。
鉢底にぶつかった一本の根が、新鮮な水や養分を探して伸びていき、いつまでもいつまでも鉢底を彷徨い続け、結果的にぐるぐるとループし続ける。根は下から上に伸びることがないので、鉢底でルーピングが起こると、たっぷり土の残っている鉢上部で根が伸びない。新しい根が生えてくる可能性がなくなってしまう。

頭の中も似たようなものだ。ある考えの袋小路にぶち当たり、そこにハマってぐるぐると、考えの筋道がとぐろを巻いてしまい、何か別の新たなアイデアが出てこなくなる。認知療法でターゲットにする自動思考(automatic thoughts)と呼ばれるものだったり、ジェンドリンなら構造拘束(structure-bound)というだろう、体験の可能性の閉塞化の状態だったり、その類のものだ。

ルーピングが起こってしまったら、一番いいのは鉢の植え替えである。鉢から植物を取り出して、ヒョロヒョロと弱々しく伸びたり、根腐れしてしまった根っこの部分を剪定して、ワンサイズ大きな鉢に植え替える。
アイデアがぐるぐるとしている時も、よく似た感じである。頭を離れない想念は、振り解いても絡みついてくる割には、現実に適応するにはか細く頼りない。
そんな時には、頭蓋から脳みそを出して植え替えたくなる気持ちになる。きっと気持ちいいはずである。

人間を植物に喩えること。山下正男氏の『植物と哲学』(ちくま新書)を読むと、植物と人間を、あるいは根っこと脳神経系をアナロジーとして考えることは、哲学史においてたびたび出てくるアイデアなのだそうだ(11頁)。ベーコンは「人間はいわば逆さまになった植物である」と言い、この考え方はプラトンやアリストテレスにまで遡れる。
プラトンは『ティマイオス』で、人間は天から生え出た植物で、頭はいわば天空のイデア界に根差した根なのだそうだ。アリストテレスは逆に、植物の根は頭だと考えた。代わりに生殖器にあたる花が上部にある。つまり植物は、逆立ちした人間なのだという。
根っこにせよアイデアにせよ、ぐるぐると、か弱くループしているのはやはりまずそうだ。

ただ、植え替えをするには相応の時期がある。冬場はたいていの植物は休眠に入り活動が鈍くなるので、寒い時期に植え替えるとうまく環境の変化に適応できない。またアナロジーで考えると、アイデアにも時期がある気がする。然るべき時期に水をやらないと、枯れたり間延びしたりしてしまう。

植物を家に置き、一緒に暮らすようになって、以前よりも気候や風土に気遣うようになった。うちの南向きのベランダは、まだしばらくは暖かい。ギリギリ植え替えをしても大丈夫そうだったので、ベランダのローズマリーと、モンステラを少しだけ大きい鉢に植え替えることにした。水がよく切れるように、スリット鉢を使う。小さい隙間から空気もたくさん入る、風通しの良さそうな鉢だ。

間延びした根をすっきりとさせ、新しい鉢に植え替える。環境の変化は何にせよストレスなので、しばらくは様子を見守ることになる。
モンステラは自室に置いているので、まだまだ暖かい環境にある。根腐れしないように、水をやりすぎず、ただじっと待つ

2週間ほど経ったら、ぐったりしていたモンステラから、新葉の芽が出てきた。新しい芽が出てきたということは、きっと根も動いて伸びているのだろう。

モンステラの新葉が芽吹いた。
動いていないようで、動いている。

じっとしているようで、何かが確実に、必要な仕方で動いている。植物ほど、待つということが得意な生き物はいないのではないか。むしろ、待つという営みは植物的な何かなのだろう。

目に見えてうまくいかないなら、見えないとこを気に留めた方がいい。広大な宙に向かって、自分の根が伸びていくのを想像してみる。そしてその根が、どんなふうに伸びているかを感じてみる。ゆっくりとお風呂に入り、丁寧にシャンプーをしたくなってきた。

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