見出し画像

ウズベキスタンの伝統刺繍スザニの模様にコロナ禍が過ぎ去ることを願う

 かつてシルクロードの中継地として栄え、サマルカンドやブハラ、ヒヴァといった旅情を誘う世界遺産の町が点在する中央アジアのウズベキスタン。14世紀以後に建造された壮麗なイスラム建築が数多く残り、特にティムール朝時代の首都サマルカンドは、「青の都」として世界的に知られる観光地だ。
 多くの歴史的建築物は修復作業が行われ、往時の姿を復活させている。ティムールが愛したとされる、さまざまな青タイルをふんだんに使った装飾が美しい。抜けるような青空のもと、照りつける太陽によって青く輝くイスラム建築の数々には、ただ目をうばわれるばかりだ。


 サマルカンド近郊のウルグッドという町のバザール(市場)の一角には、伝統刺繍布スザニを専門に扱う露店が集まっている。スザニは、17世紀頃から遊牧民の間で作られるようになったもので、綿や絹の一枚布に、さまざまな柄の刺繍を施している。現在はウズベキスタンの伝統工芸みやげとして人気を集めているが、もともとは娘が生まれたときから家族の女性たちによって作り始められ、嫁入り道具として持参させる支度布だ。
 今も伝統に則り、娘のいる家では大小さまざまなスザニが作られ、中には1年以上もかけて刺繍を施すものもあるという。機械刺繍で作り上げる布とはまったく違う、均一でないところもまた、手作りならではの温かさがある。

 スザニの刺繍模様には地方ごとに特徴がある。
 例えばスザニ店が集まるウルグットの伝統的なモチーフはティーポット。幸せな一家に多くの来客があるよう、そして来客をもてなせるようにという意味が込められているという。またウズベキスタン全土で比較的広範囲に用いられているモチーフには、ザクロ、チューリップ、アーモンドがある。僕もウズベキウタンを訪れたときに初めて知ったのだが、実はこの3つの植物はすべて、中央アジアや西アジアから中近東にかけてが原産地。昔から、これらの植物に親しんできた中央アジアの人々にとって、それぞれの模様には大切な意味が込められている。
 ザクロの花は大輪なので一家の繁栄を表し、種のたくさん入った実は子宝に恵まれるようにという願いが込められている。チューリップは、春の初めに背筋を伸ばしたように咲く様子から、大地に根ざした生命の象徴とされる。そしてアーモンドは魔除けの意味があるという。
 アーモンドが魔除けとなるのには、諸説あるようだ。現地で聞いた話のひとつを紹介しよう。昔、疫病が中央アジア一帯に流行したときに、アーモンドを薬として服用したところ回復。多くの人の命が救われたことから、〈流行病=よくわからない災い〉から人を守る力があると信じられ、転じて魔除けとなったのだとか。

 世界中で新型コロナウイルス感染が続いているが、人間はこれまでの歴史の中、多くの疫病を経験し、乗り越えてきている。今、自分にできることは何かと問えば、心身ともにただ健康でいようとすること。そんなことを考え、今宵もワインのつまみに、ウズベキスタンで買ってきた魔除けのアーモンドを頬張る。

《初出:秋田魁新報土曜コラム「遠い風 近い風」2020.3.14/一部加筆修正》

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?