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はじめてもらった原稿料は2000円

はじめてもらった原稿料は2000円だったらしい。

昨日の日曜日、離れて暮らしている母の家に行った。
ここ数ヶ月はいろいろあって日曜日はほぼ母の家に行っている。
昨日はあまり外に出たがらない母を連れ出して近所の公園に散歩に出かけた。

歩いている最中にふと母がこんなことを口にした。
「あんたがもらった初めての原稿料は2000円だったのよ」

何のことかと思ったので話を聞くと、中学1年のときにわたしが書いた作文が、学校が発行している冊子に採用されたらしく、そのときもらった原稿料が2000円だったということだった。

生徒の書いた作文に謝礼を払うとは、なんとも気前のいい話だが、そんなことまったく覚えてなかった。

作文の内容は夏の合宿についての話だったらしい。
私の通っていた中学校は夏休みが始まると全校生徒で海に遠泳の合宿に行く。
1年生は3キロを泳ぎ、2年は6キロを、3年になると指導員として下級生に泳ぎを教えるという仕組みになっていた。

1年の時、わたしは合宿には行ったけど遠泳に参加できなかった。
みんなが3キロ泳ぐのを浜辺で泳ぎの基礎練習をしながら見ていた。
ようは泳ぎが苦手なカナヅチだった。

小学校のときはスイミングスクールに通ったりもした。
それでも全く泳ぐことができず、ずっとカナヅチのままだった。
あとでわかったのだけど鼻炎の影響で息継がうまくできなかったのだ。

沖を泳いでいる同級生たちを遠くで眺めながら、自分のダメさ、無能さ、無力さをかみしめていたのをぼんやり覚えている。

あの時のことを書いたのか…いったいどんな原稿だったのだろう。

家に帰って冊子を探した。
ここにしまっておいたはずと、母の言う場所にその冊子は見つからず、必死に何時間かかけて家中の本棚を探してみたけど、結局見つからなかった。

最後にいつ読んだのかは覚えてないけど、過去に何度か母はその文章を読み返したらしい。

海の広さに圧倒されたこと、みんなができることを自分ができないことの悔しさ、がんばったけどやっぱりどうしようもなかったこと、そんなことが書いてあったとのことだった。

「その海が大きかったってことと、泳げなかったってこと、できないってことへの思いが本当にみずみずしく書いてあって、ステキだったのよ」

その文章が母の記憶に鮮明に残っているのだそうだ。

私の書いた作文は、冊子の一番最初に載っていたらしい。

翌年の学校の宣伝になる冊子の冒頭に「できなかった」ことの作文を載せていることに、母は感動したという。
「できない」ってことを肯定する、本当に素晴らしい学校だと思ったそうだ。

わたしは小学校でちょっといじめにあっていた。
その中学には逃げるように受験してなんとか合格して入った。

その学校に入学して間もなくの夏休みに「できない」挫折を味わった。
みんなができることができない。
みんなとちがっている。
本当のことはよくわからないけど、それが小学校のときのいじめの原因だったと思う。

中学でもまた繰り返すのかな…少なからずそう感じたはずだ。
でも、そこでは、「それでいい」と肯定された。
まわりができていることが自分だけできなくても別にいい、逆に自分にしかできないことだってあるはず。
人はみんなちがっていいという当たり前の気づきがそこにはあったんだと思う。

書いた作文の内容も、原稿料2000円についても、記憶は全くないけど、たぶんこの経験は大きかったはずだ。

残念ながら書いた文章は見つからなかったけど、母の記憶から消えないほどの「みずみずしい挫折」がそこにはあった。
読んでみたくはあるけど、見つからなくても別にいい気もする。
たぶん読まないで想像する文章の方が名文にちがいない。

ひとつ覚えているのは、その中学1年の遠泳に成功したら買ってもらう約束だったファミコン(赤いツインファミコン)を、泳げなかったけど買ってもらったことだ。

もしかするとあれはこの作文へのご褒美だったのかもしれない。
そして、そのファミコンとの出会いは人生を変えるほど大きなものだった。

人生ではじめての原稿料2000円。
あれはどうなったのか?少なくともわたしはもらった記憶はない。
母に聞いてもその行方はわからなかったけど、ひょっとするとファミコンの一部に使われた可能性はある。
つまり人生を変えるほどの出会いの発端に初めてもらった原稿料が関わっていた可能性があるということだ。

その1年半後、ファミコンを手に入れてゲーム漬けの毎日を送る中、人生で初めて自分で稼いだお金で買ったのは、ファミコンのソフトだった。

運命の輪はつながっているな…。

ちなみにわたしは中学3年になってようやくカナヅチを克服し、1年生に混じって3キロを遠泳した。


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