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「悪意」という名の地獄を巡る旅『異端の鳥』

10月9日に公開された『異端の鳥』。ベネチア映画祭で途中退場者が続出しながらも、10分以上のスタンディングオベーションを受け、ユニセフ賞も受賞した話題の本作。
昨年の東京国際映画祭で見逃して以来、筆者も公開を心待ちにしていただけに公開週の土曜、10月10日にTOHOシネマズ川崎で鑑賞してきた。ちなみに公開週、加えて1日2回という上映回数の少なさというのもあるのだろうが、筆者が観た回は満席になるという盛況っぷりだったぞ。

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事前情報で、残虐描写がキツくヘヴィな内容だと聞いていた本作。しかも上映時間が169分もあるという事で筆者も覚悟して観てきたが、確かに評判通りの作品だった。本作の紹介と併せてその辺りの感想も述べていきたいので、興味ある方は是非チェックしていってほしい!

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【作品情報:『異端の鳥』】

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製作年:2019年 製作国:チェコ・スロバキア・ウクライナ合作 監督:バーツラフ・マルホウル

ナチスのホロコーストから逃れるために、叔母が住む田舎に疎開させられた少年。しかしある時、叔母が突然病死したことにより、家路をめざして旅に出るのだが、それは様々な差別と悪意にさらされる地獄の旅の始まりだった…

【製作にまつわる数々のエピソードが凄まじい】

昨年のベネチア国際映画祭において、その内容の凄まじさに途中退場者が続出しながら、上映後には10分間のスタンディングオベーションを受け、ユニセフ賞を受賞した話題の作品が『異端の鳥』だ。第二次大戦中、ナチスのホロコーストから逃れるために、一人で田舎に疎開した少年が激しい差別と迫害に遭いながら、故郷へ帰ろうとする姿を描いた本作は多くの批評家から絶賛を浴び、アカデミー賞国際長編映画賞のチェコ代表にも選ばれ、昨年の東京国際映画祭においても「ワールド・フォーカス」部門で上映され、高い評価を得た。

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この作品は、製作に関するエピソードがとにかく凄まじい。原作は自身もホロコーストの生き残りである、ポーランドの作家イェジー・コシンスキが1965年に発表した「ペインティッド・バード(初版邦題:異端の鳥)」という小説だが、ポーランドでは発禁書となり、作家自身も後に謎の自殺を遂げている。そんな「いわくつきの傑作」の映画化を名乗り出たのは、チェコ出身のヴァーツラフ・マルホウル監督。まず、映像化の権利の取得に2年近く掛かっており、3年をかけて17種類のシナリオを用意。ヨーロッパ中のプロデューサーに断られながら資金調達に4年。さらに主演のペトル・コトラールが自然に成長していく様を描く為、撮影に2年を費やし、最終的に構想から完成までに実に11年もの歳月を費やしている。また、舞台となる国や場所を特定されないように、使用される言語は人工言語「スラヴィック・エスペラント語」を採用してるというこだわりよう。上記のエピソードだけでも、この作品に掛ける監督の熱意が充分に伝わってくる。

【鮮烈なビジュアルで彩られた地獄の9つの章】

本編は全部で9つの章から成り立っている。いずれも少年が故郷を目指す道中で様々な人に出会っていくという内容だが、1つの章で必ず何かしら悲惨な事件が起きる。ポスターにもなっている首から下が埋められた少年のビジュアルは凄いインパクトだが、正直これはまだ序の口。思わず目をそむけたくなるようなことが次々と起きるので、章が進むごとに『今度は何が起きるんだ…』とハラハラしてしまった。

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本作は第二次世界大戦中のホロコーストを題材としているが、リアリスティックな物語というよりは人間の底知れぬ悪意と負の感情を題材にした寓話のような印象を受ける。市井の人々が「自分達とは違う」というだけで向ける怒りや憎しみが恐ろしいのはもちろん、嫉妬や肉欲、性的倒錯など人間の業ともいえる部分も描いている。年端もいかない少年が悪意にさらされる様子はまさに地獄を巡っているかのよう。観ていく内に「少年は無事家に帰れるのか?」という気持ちから次第に「少年はどうなってしまうのか?」という気持ちになってくる。本作をこれから観る方は、少年の地獄巡りを観るとともに、悪意にさらされ続けた少年がどうなっていくのか、という点にも注目して観てほしい。

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そして、この作品では映像の美しさにも注目したい。本作は35mmのモノクロフィルムで撮影されているが、それがこの地獄絵図を悲惨な物語としてだけでなく、アーティスティックな雰囲気に仕上がっている。また本編の残虐描写もモノクロ映像になっている事により、残虐具合が緩和されているのも筆者としてはありがたかった。(それでも充分に残虐なのであるが)

【映画通にはたまらない豪華キャストが勢ぞろい】

本作には様々な登場人物が出てくるが、映画通にたまらないキャストが出演しているという点にも触れておきたい。少年(ちなみに少年を演じたペトル・コトラールは俳優ではなく、監督に見いだされた普通の少年とのこと)が出会う老兵士を演じるのは、『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(1997年)、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000年)の名優ステラン・スカルガルド。少年を保護してくれる神父役に『アリスの恋』(1974年)、『タクシードライバー』(1976年)などで知られるハーヴェイ・カイテル。他にも『悪魔のはらわた』(1974年)のウド・キアーや『プライベート・ライアン』(1998年)のバリー・ペッパーなど、映画通にこそたまらないキャストが出演しているのも見所の一つだ。

異端の鳥⑤


【まとめ】

ということでいかがだっただろうか。169分という長時間のうえ、上述した通り、残虐描写が多いので誰にでも薦められる作品ではないが、モノクロで彩られた地獄絵図は一見の価値があるといえるだろう。興味がある方は是非チェックして見て欲しい!


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