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挫折を味わった全ての人へ『アルプススタンドのはしの方』

7月24日に公開された『アルプススタンドのはしの方』という映画を知っているだろうか。
本作は、日本最大級の映画レビューサイト、Filmarksの初日満足度(7月4週公開映画)で1位にランクインし、映画好きの間では、この夏1番の傑作という声も挙がっている作品だ。筆者も7月31日に、アップリンク吉祥寺の19:00~の回で鑑賞してきたぞ(客入りは、城定監督と原作者の藪博晶さんによるリモート舞台挨拶付きという事もあって、ほぼ満席だった印象)ここでは、本作が何故ここまで高い評価を得ているか、魅力を感想を交えながら解説していきたいと思う。(ネタバレには触れないけど、演出や製作経緯に触れるので気になる方はお気をつけ下さい)

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製作年:2020年 製作国:日本 監督:城定秀夫

夏の甲子園1回戦に出場している母校の応援のため、演劇部員の安田と田宮は野球のルールも知らずにスタンドにやって来た。そこに遅れて、元野球部員の藤野がやって来る。訳あって互いに妙に気を遣う安田と田宮。応援スタンドには帰宅部の宮下の姿もあった。成績優秀な宮下は吹奏楽部部長の久住に成績で学年1位の座を明け渡してしまったばかりだった。それぞれが思いを抱えながら、試合は1点を争う展開へと突入していく(映画.com参照)

【原作は高校の演劇大会で最優秀賞を獲得した名作戯曲!】

本作の原作は、兵庫県東播磨高校演劇部が上演し、2017年に開催された第63回全国高等学校演劇大会で最優秀賞に輝いた戯曲が元となっている。また2019年には浅草九劇で上映され、"浅草ニューフェイス賞”を受賞している。そんな名作とも呼べる戯曲を映画化したのは、これまでにピンク映画、Vシネマを100本以上手掛けてきた城定秀夫監督。近作では、男同士の激しい情愛を描いた『性の劇薬』(2020年)などがある。
そもそものキッカケは、本作のプロデューサーでもある直井卓俊が、映画化の話をもってきた事から始まる。
自分の作風とは、毛色が違うと感じながらも資料を見た監督は、見終わった後には感動して泣いていたらしい。そして、この作品を「絶対映画化する!」と決めた監督は、自ら知り合いの制作会社に声をかけた。この行動だけで、本作に対して並々ならぬ気合いと覚悟が伝わってくる。逆にいえば、それだけ原作となった戯曲が素晴らしかったという事でもある。
ちなみに劇場パンフレットには、原作の戯曲シナリオが載っているので(漫画家の大橋裕之先生の漫画も載っている!)ので、本作を気に入った方は是非パンフレットの購入もお薦めしたい。

アルプススタンドのはしの方パンフレット

ちなみに本作は、今年の3月19日から小学館の『週刊ビックコミックスピリッツ』編集部が運営している無料のWEB漫画サイト"やわらかスピリッツ”にて連載を開始している。下にリンク先を貼っておくので、まだ鑑賞してない方は、先に漫画を読んでみてから鑑賞するか判断するのもありかもしれない。

【フレッシュなキャストが魅せるワンシチュエーション舞台劇!】

本作の特徴は、甲子園の応援に来ているのに、最初から最後までグラウンドや選手の姿が映し出されないこと。
全編、ほぼ応援スタンドのみで物語が進行していく。つまりワンシチュエーション映画という事だ(厳密にいうと、スタンド内などでの場面もあるが、試合の応援中という意味で、やはりワンシチュエーションといえるだろう)
ここに本作の面白さがある。映画を観ている我々には試合の様子は見えていない筈なのに、物語が進むにつれ、試合の様子が目の前に浮かんでくるのだ。そうさせるのは、本作のキャスト達の迫真の演技と、リアルな演出にある。

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メインの4人を演じたのは、小野莉奈、平井亜門、西本まりん、中村守里。いずれも舞台、映画などで活躍するこれからの若手俳優である。小野莉奈、西本まりん、中村守里の3人は、上述した2019年の浅草九劇で上演された舞台版からの続投となる。4人以外にも、吹奏楽の部長、久住智香を演じる黒木ひかり、熱血教師、厚木修平を演じるのは目次立樹。

本作をよりリアルにしているのが映画ならではの演出。特に城定監督が拘ったのは音の演出。舞台でもブラスバンドの音自体は入っていたらしいが、映画にするに辺り、より演奏を際立たせるようにしたという。そうする事で、より立体的でリアルな方向性を目指している。確かに本作はラストの盛り上がりにブラスバンド部の演奏が一役買っているのは間違いない。あの演奏があるお陰で、観る者の胸により迫るクライマックスになるのだ。

アルプススタンドのはしの方②

【誰にでも青春はくる、真ん中であろうとはしであろうと】

本作が高い評価を得ているのが、そのエモーショナルな脚本。本作の4人は、高校という青春の大舞台でスポットライトに当たることがなかった人達、それこそクラスのはしにいるような存在だ。しかし、彼等は好き好んでそこにいた訳ではない。物語が進むにつれ、観客は彼らが味わった挫折を知ることになる。勝者の陰には必ず敗者がいる。それは映画を観ている多くの人にも通じることなのではないだろうか。人は生きていく中で、大なり小なり挫折を味わう事になる。思い描いた夢を叶えれる人は、ほんの一握りだ。叶えれなかった人は現実との妥協点を探しながら人生を生きていく事になる。

アルプススタンドのはしの方①

この物語は、人生において挫折を味わった事のある人達に対しての救済のようにも思えるメッセージを感じた。劇中の4人において、間違いなく言えるのは、この瞬間は彼らの人生にとって最も大きな意味がある時間だったという事。この瞬間があるのとないのでは、彼等の今後は全く違うものになっただろう。何でも上手くできてそうな久住というキャラクターを掘り下げて描いていたのも良かった。外から順風満帆に見えてもその人の本心は分からない。舞台では映らない存在だったらしいが、映画で彼女をきちんと描いた事で、より物語が深みを増していた。

本作を観終わった後は、清々しい多幸感に似たような気持にもなった。もし興味を持っている方がいれば、是非劇場で鑑賞することをお勧めするぞ。




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