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【地獄、または暗黒の美術館巡りの如く】映画『マッドゴッド』感想

映画『マッドゴッド』はストップモーションで描かれた地獄の物語だ。

始まってすぐ圧巻のビジュアルと世界観に心を持っていかれる。
観客は主人公のアサシンと共にありとあらゆるこの世の終わりを見ていくことになるだろう。その様子はまさに地獄巡り。

監督は『スター・ウォーズ』、『ロボコップ』、『スターシップ・トゥルーパーズ』など名作映画で特殊効果を手がけてきたフィル・ティペット。完成までに約30年の月日を費やしたことも本作の特徴の一つだ。

2021年製作/84分/PG12/アメリカ

劇中ではPG12ということが信じられないくらいの残虐絵巻が繰り広げられる。ストップモーション、地下世界、奇妙な登場人物と聞けば、堀監督の『JUNK HEAD』が思い浮かぶが、残虐度と話のぶっ飛び度だけで言えばこちらの方が断然強い。

本来、ストップモーションは、そのハンドメイドな技法が可愛らしさを生むが、本作ではむしろ残虐さを和らげる効果を発揮しているといえる。当たり前だが血やグロ描写が苦手な人に本作はお薦めできない。

全編にわたって地獄が描かれるが、その様相は映画の前半と後半で大きく変わる。
前半の地獄巡りの下りは寓話的。現実世界と変わらない弱肉強食が繰り広げられ、ひたすら労働と死を繰り返すシットマンの存在と行動は資本主義社会を揶揄しているかのよう。

もはや現実と地獄は大差ないという皮肉なのかもしれない(実際、ティペット監督はインタビューで「これは現実である」と答えている)。

本作の物語はフィル・ティペット監督が書き溜めた夢を映像に起こしたものが元となっている。

そんな地獄の旅は、中盤のある転機を迎えてからぶっ飛んだ方向へ加速していく。ここから観客はティペット監督のイマジネーションの奔流に飲まれることになるだろう。

荒唐無稽だがどこか荘厳で神話的。
正直、話は分からないがスクリーンから目を離すことはなかった。その理由はひとえにビジュアルの素晴らしさ。ビジュアルの密度が濃いからずっと観ていられる。

美術館巡りをしているような感覚も覚えた。タイトルにもしたが、きっと暗黒の美術館というものがあるならこんな感じなのではないだろうか。

映画自体がアート的でもある

映像も凄いが音楽にも魅せられる。特に序盤のアサシンがひたすら地下に潜っていく場面で流れる『Long Way Down』という楽曲はどこか幻想的でもあって大好きな曲だ(Apple Musicに本作のサントラもあり)。

ここから映画本編の感想と少しずれるが、本作を観たのがちょうど今年観た映画を振り返っていることもあって「映画館に映画を観に行く」という行為について考えさせられた。

映画は自分に様々なモノを与えてくれる。
アクションは気分を上げてくれるし社会派要素は知見を深めてくれる。感動的なドラマは心を震わせ涙腺がゆるませる。

しかし、『マッドゴッド』はそのどれとも違う。
話には全然付いていけないのに目が離せなかったし、観終わった後は感動すら覚えた。そこで思った。自分が映画館で映画を観るのはこうした理解を超えた体験をしたいからじゃないだろうか。

思えば自分が今年ハマった『NOPE』や名作『2001年宇宙の旅』なんかも理屈を越えて夢中にさせてくれる作品だ。

自分が映画に求めてるのは物語を知ることでも、美しい映像を見ることでもなく「体験」なのかもしれない。そして、そういう体験はテレビやスマートフォンじゃできないことなのだ。

筆者が思う、話自体はよく分からんけどその迫力と勢いに最後まで持っていかれる作品の一部。

自分が映画館に通うことの理由については、まだまだ考える余地があるが、『マッドゴッド』はそうした意味を改めて考えさせてくれる機会になった。2022年の最後の鑑賞作品が本作で本当に良かったとも思う。


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