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連休の小旅行での話

旅先では、普段経験しないことを経験することがある。
数年前の夏、気まぐれに取った休暇を利用して小旅行に出かけた。そこで奇妙な体験をした。
先日、ここに記したアパート探しの夢を見たのはこの小旅行の最中だったのだ。

とある地方都市に、出かけていた。路線バスが一時間に多い時で四本ほど。東京で暮らしている身からすると、少なく感じる。
これが、夜ともなると九時を回ると最終バスとなるのである。

その日、昼間に賑わうエリアまで行って、ウインドウショッピングをし、当地の名物という蕎麦を食べ、夕方まで暑さを避けながら、レトロな雰囲気の喫茶店で雑誌を手にとって、時間を過ごしていた。気がつくと七時になろうかというタイミング。

宿泊場所に戻るには、先ほど述べた路線バスに乗らなければならない。残りのバスは最終含めて五本ある。

これ以上、ゆっくりする理由もないので、コーヒーを飲みながらつまんでいた軽食を平らげて、お勘定を済ませた。
七時台のバスに乗れた。チャージがまだ、三千円ほど残っている電子マネーが使えるのは助かる。後乗り前払いなので、後ろから乗車し、電子マネーをタッチをタッチする。これで乗車したバス停が記録され、降りるときに清算される。

同じ停留所から乗り込んだ人も含めて、十五、六人ほど乗客がいただろうか。バスの中は空席がちらほら。バスは揺れるので、出来るだけ席が空いているときは座るようにしている。満席でないので、十分座れる。空いている席に座り、二十分ほどバスに揺られ、宿泊場所最寄りの停留所に着く、、、はずだった。

乗客はほぼ全員、スマホやタブレットを片手に持ち、音楽を聞いたり、ネットで何かを調べているようだった。自分も、音楽を聴きながら、ニュースをチェックしていた。ところが、うっかり乗り過ごした。少し寝ていたかもしれない。自分の他は、三人ほどが乗っている。最終のバス停の一つ前で皆さん降りるところだった。

「乗り過ごしたのかね」

野太い声で話しかけてきたのが、自分よりは少し歳上に見える男性。

「ええ、まあ。二つ前だったかな。けど、このバス、戻りますよね」

「そうだなぁ。運転士に聞いてみれ」

そう言うと三人ともそそくさと降りていく。
バス発車。運転士さんに、おそるおそる聞いてみる。運転士は、三十代と思しき男性。

「次の停留所が最終ですね。戻ります?」
「戻りますよ。営業所は街中ですからね」
普通に対応してくれる。愛想の悪い人でなくてヨカッタ。

やがて最終のバス停に着いた。五分程してから街へ向かうとのこと。公民館か、共同温泉なのか、明かりは見えるが人気は感じない建物の前にあるバス停。

「すみません、寝過ごしてしまって。このまま乗り続けて、降りたいところで降りても良いですかね」
「いいですよ。構いません」

東京のバスだとこうはいかないだろうが、優しい人柄なのだろう。代わりと言ってはなんですが、一度精算だけしてもらえますか、と言う。それに応じると、

「中で待ってくださって構いません」

とのこと。

運転士は外に出て一服しているようだ。窓を開けると、虫が入ってくるので、少し蒸し暑いのは我慢して、iPhoneをいじりながら、しばし待つ。

「ええと、ここからだと四つ目の停留所だな、、、」

独り言のつもりが、

「そうですね。◯◯◯◯というバス停です。きちんと止まりますから、ご心配なく」

と、いつの間にか運転席に戻ってきた運転士が、言ってくれた。

(あれ、聞こえたか。そんな大きな声だったかな)

と、思っていたら、

「いやいや。なんとなく気にされてるかな、と思って。お声かけしました。お邪魔でしたら、すみません」
「あぁ、そうなんですか。どうも、どうも」

ここからは誰も乗ってこない。建物の入り口には人影が見えたが、まだ、バスがあるのと、自家用車で来ている人もいるのだろう、誰も出て来なかった。

その後、自分が降りるバス停まで人は乗ってこず、無事到着。電子マネーをピッとタッチして、降りようとすると、入れ替わりで、二人組が乗ってきた。この時間から街中に向かうのか、それとも、電車に乗り継いでどこかに行くのか。
「あの方達は、この先のバス停で降りるんですよ」
「へえ、、、そうなんですか(いや、オレそれは聞いてないんだけどなぁ。なんだろう。呟いていたかな、、、)」

少しばかり、気味が悪いな、と思った。なんか、見透かされているのだろうか。

降りる間際に、運転士を見ると、先ほどまでは愛想が良かったのが、不機嫌な様子だ。

ただバスを乗り過ごしたという話なのだが、会話の端々を思い出すと不思議なことが。
独り言が聞かれていたにしても、他のなんとなく思ったことについて、運転士から説明されていたのだった。
(まさかねぇ、、、。よほど、ボーっとしてたんだな、、、)

その晩、歩き回った疲れから、シャワーを浴びてすぐに寝入ってしまったが、とても妙な夢で明け方、日の出よりも早くに目が覚めた。

夢の中で、自分はアパートを探していた。学生時代に過ごしたことのある、海岸沿いのエリアで、正月ともなると、学生の駅伝大会で賑わうところ。不動産屋さんと一緒に車で移動していた。ここも見てみますか?少し古いけど、広い部屋もあるアパートですよ、と、予定外の物件を見ることになった。小学校の近所で、木造二階建て。敷地に立派な松の木があり、部屋の窓からは松の木越しに景色が見えるようだ。二階の一室を紹介される。部屋の玄関から入ると、左手にトイレと風呂場、右手に小さな台所がある。正面は下が三十センチメートルほど隙間が空いている壁。その隙間を、仰向けになって背中を滑らせながらくぐり抜けると、畳八畳の居間である。隙間が何故あるのか解せないが、その部屋を借りることにした自分は、初日からその隙間を通り抜ける際に引っかかり、そのまま、昼も夜も、隙間に挟まり続けてしまう、、、という、なんとも意味不明な夢であった。

その朝、寝不足のまま路線バスに乗って街中へ。東京に戻るのだった。昨日の運転士とは違い、高齢の方だった。

「今日はお乗り過ごしの無いように、、、」

運転士の名札を見ると、昨日の運転士と同じ苗字が刻まれていた。

変な夢と、奇妙な体験でなんとなく疲れた夏休みだったのだ。

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