2月2日02:30頃/体力が勝負だと思い込んだ

「自宅が火事になりまして」マガジンより

宿も三軒茶屋のホテルを予約できた。普段なら近いはずのホテルまでの足取りが重い。あれこれと不安が頭を巡りながら、隣を歩く妻へ何か話そうとしても、なかなかいい会話も見つからない。それでも何とかホテル近くのコンビニまでたどり着いた。
コンビニに入る。腹ペコだったはずが今は食べる気力もなくなっていることに気がついた。だが、こういう時こそ体力が大切だと思い、妻に何か食べるものを買った方がいいと言った。しかし妻は、食べられないからいいと僕の提案を断った。妻は、下着と化粧落としなど、いわゆるお泊りグッズと飲み物を手にしていた。僕は自分の精神状況を考えるに、酒でも飲まないと寝られないだろうと購入した。
こんな時間に、こんな街のホテルにチェックインする男女なんて情事に違いない。そう店員に思われているんだろうと、余計なことを考えながらチェックインし、部屋に入った。
こんな時こそ食べなきゃと、ホテルの小さな机の上で冷え切ったマーボー豆腐弁当に手をつける。
喉を通らない。酒も美味くない。でも今できることは、これからのために体力を蓄えることだと、無理やり詰め込んだ。それでも半分も減らない。ふだんならぺろりと食べてしまうおいしいマーボー豆腐なのに。僕の生存本能も大したことないらしい。
静かに横たわっていたはずの妻は、疲れ切っていたのだろう、すやすやと寝ていた。たくましい。不安で寝れるかどうかわからないと言っていなかったか?
一方、僕はやはり寝つけずにいた。酒も効かない。普段はそんなに強い方ではないので、2~3杯ぐらい飲めばいい感じに酔う体質なのに。煙草を吸いに、ホテルの外に出た。だがこの煙草も、妙な罪悪感があって美味くない。
火事の原因は、煙草ではないとも言い切れないからだろうか。いや、普段ベランダでしか吸わないから、原因がそこなはずがない。わかっていながらも、なんとなく罪悪感が付きまとう。
はぁ、なんでうちが火事なんだよ。大きなため息とともに煙を吐き出し部屋に戻った。どうせ眠れないならと、諦めて寝ないことにして、情報を集めることにした。火事になったら、何をどうしたら、早く生活を取り戻せるかをネットで調べ始めた。失火責任法のこと、賠償責任のこと、保険のこと。知りもしなかった単語に出会いながら少しばかりの情報を得たところで眠気がやってきて、翌朝9時半からの立ち会い検分にむけて、2時間ほどだが寝ることが出来た。

あとあとでの話だが、このとき情報を集めようとした経験が、筆をとるきっかけとなった。情報がまとまっていないのだ。一部、火事が起きた後に、何をすればいいかステップ別に書かれている記事もあったが、生活をいかに取り戻していくかが情報共有されているものは見当たらなかった。消防からうける説明も消防とのやりとりに限られたものだけ。
生活を取り戻すというのは、仕事、家族、お金、環境など様々な視点が入りこむ複雑なものだ。だから、前例をベースに情報を集めるのが一番早いと思ったのに、前例が共有されていない。
正確にいうと、共有できない状態なのかもしれない。僕の場合は不幸中の幸いで、ほぼ全焼している火事にもかかわらず、誰かがけがをしたり、死者が出たりはしていない。類焼もしていない。それは、火事では本当にラッキーと呼べることだと思う。
もちろん、多くの周りの方々に多大な迷惑と不安をかけていることは認識しているが、僕の場合は、情報を共有できるギリギリのパターンだと思う。なので、生活を取り戻すための情報として、この経験を共有できればと思ったのだ。万が一、不幸にも火事にあってしまった人の助けとなれば、僕の不幸な経験も少し報われるかもしれない。

火事ワード【失火責任法】しっかせきにんほう・・・失火責任法は、正式には「失火ノ責任ニ関スル法律」といい、明治32年に定められた法律です。この法律では、「失火(過失による火災)の場合は、損害賠償はしなくて良い。ただし重大な過失の場合を除く」といった内容が定められています。つまり、自宅の火災で隣家に火が燃え移ってしまったとしても、「重大な過失」がなければ隣家への賠償はしなくて良いことになります。しかし逆に言えば、隣家の火災で自宅が損害を受けても、火元の家主からは賠償してもらえない場合がある、ということです。ソニー損保HPより
火事ワード【立ち会い検分】たちあいけんぶん・・・火災調査(かさいちょうさ)ともいい、発生した火災の原因と損害を調査することである。詳しくはWikipediaより

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