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2月1日23:45頃/騒がしい夜だなと、さてご飯だと。

「自宅が火事になりまして」マガジンより

僕は、東京都内で働くサラリーマンだ。普段から遅い時間の帰宅が多く、平日は基本的に外食。妻は、グラフィックデザイナーで夫婦共働き、なかなかベッドが遠い仕事に携わっている。
僕らの住まいは三軒茶屋。渋谷まで2駅と、非常に交通の便のいい街だ。深夜でもご飯を食べるのに困ることもない。駅前は、なかなか騒々しくて活気がある。
この日も、深夜に仕事を終え、駅に到着する。今日も騒がしい。いま思えばいつもとは違った騒がしさだったのだが、あまり気にすることもなく、お腹がすいた僕は、いつものマーボー豆腐屋さんに向かった。
テイクアウトの弁当を持って自宅のマンションに向かうと、駅以上に騒がしさが増してきた。マンションに向かう途中の道の路肩にズラッと並んだ消防車。
すごいな、どこで火事だろ?
そう思いつつ、消防車の列を通り過ぎる。4台ぐらいを通り過ぎたあたり、うちのマンションの入り口が、消防車の渋滞の真ん中だった。マジか?うちのマンションかよ……。マンションに入る道は規制線が張られていた。
規制線の向こうのマンションの入り口前では、消防隊員や警察が忙しそうに動き回っている。
「住人なんですが」と言って、規制線を超える。すると、即座に隊員が駆け寄ってきて、「何号室の方ですか?」と聞いてきた。部屋番号を答えると、「あなたのお部屋が火元です」と言う。
わけがわからなくなった。火事現場がうちのマンションであることですら衝撃だったのに、その火元が自分の部屋だなんて、想像していなかった。さっきまで消防車の渋滞をSNSにあげようとすら思っていたのに。
「お部屋には誰かいますか?」
「ご家族はいますか?」
矢継ぎ早に質問をされるが、頭に入ってこない。
「妻がいます」
そう答えてから、ハッとした。「中にいますか?」消防もまだ消火活動中で、状況を把握できていない様子。慌てて妻に電話をかけた。出ない。まさか……。でも普段も遅い時間まで働いている妻だ。仕事をしているだけかもしれないと、もう一度電話をかけた。頼むから出てくれと祈った。
「もしもし、どした?」と僕の心配など知るはずもない、いつものトーンで電話に出た。よかった、生きてた。次は、この状況を伝えなければならない。いつも以上にゆっくり話した。とにかく、自宅が火事だから、とにかく帰ってきてと。妻も理解したような、わけがわからないままのような感じで、今すぐ帰ると答えた。
電話を終えて、妻が部屋にいないことを告げる。それが伝言ゲームのように、前線の隊員に伝えられていった。
そこからは、質問攻めだった、消防の人なのか、警察なのかもわからないが、とにかく答えた。
「氏名、年齢、職業は」
「思い当たることはあるか」
「タバコは吸うか」
「朝、何時に出かけたか」
質問に答えながら考えても、なぜ火事が起きたのか自分でもわからなかった。それでも答えたが一つ思い当たるとすれば、洗濯乾燥機を夜に出来上がるようにタイマーを仕掛けていったことだった。
ひとしきり質問を終えると、違う人がまた質問をしてきた。だいたい同じようなことを聞いてくる。たぶん消防と警察でそれぞれ聞くのだろう。イライラした。共有してくれよ。まるで自分が犯人かのような気持ちになった。果たして自分は犯人なのか。いやいや。そもそも原因は何なんだ? 自分の中の疑問も大きくなっていく。
我が家は12階なのだが、10階以上に住む人は、全員何も持たずにマンションのロビーや外に避難させられていた。質問をされ続ける僕に、住民たちの視線が突き刺さる。
「あの人の部屋よ」
「本当に迷惑だ」
「ふざけるな」
聞こえたわけじゃないけど、そうみんなが言っている気がしてならなかった。
そんな中、妻が帰ってきた。とにかく無事でよかった。抱きしめたかったが、そんな状況ではない。
質問もようやく、終息を迎えたが、ここからが辛かった。
まず、寒い。
2月のとびっきり寒い夜だった。僕は雪国出身だが、東京といえど十分に寒い。避難している住民は、出来るだけ寒くないようにと、一階ロビーにある管理人の控室で過ごしていたが、その中に入って行くことは出来ない。まだ原因はわからないけど、彼らにとってみれば、とてつもない心配と迷惑をかけられことは間違いないわけで、その犯人は目の前の僕らなのだ。マンションの組合長らしき人は、「寒いから中に入って」と言ってくれたが、入っていくことは出来ない。
そんな状況で一時間ほど過ごしただろうか、寒さで震えが出てきた深夜2時ごろ、鎮火の知らせが入った。避難させられていた住民たちに、それぞれの部屋に帰っていいという指示が出た。みなさんに深夜に寒い思いをさせ、不安な気持ちにさせて申し訳ないという気持ちで、部屋に戻っていくのを見守った。
残されたのは消防隊員と僕たちだけ。どれほどの火事だったのだろうか、とにかく確認したかった。検分は翌日になることは告げられていたが、部屋を見せてほしいと頼み、部屋を見せてもらうことにした。
12階に行くと、まず強烈な臭いが鼻を突いた。一生忘れられない臭いだ。そして部屋の前に行くと、玄関のドアは、芸術的に一部が切り取られていた。
当然だが電気もつかないため、まだ漂う燻煙のなか、消防隊員のヘッドライトとともに、懐中電灯で照らし入っていく。確かに我が家が燃えていた。やっとここで、本当に自宅が火事になったことを自覚した。妻は、ショックを受けて卒倒しそうになって僕にしがみついた。僕も同じくショックだったが、大黒柱である自分が倒れるわけにはいかない。
それと同時に、一番奥の部屋以外は、原型をとどめていないほどではなさそうなことに気づき、正直ほっとした。少し希望もありそうな気がしたのだった。

火事ワード【鎮火】ちんか・・・火災が消火され、消防隊による消火活動が必要となくなった状態のこと。

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