撮れない、撮らない、撮りたかった
超どうでもいい話をします。
珍しい列車を撮影すると、撮影していない人から嫉妬の目を向けられる事があります。YouTubeに動画を上げると「撮れなかったから羨ましい」などとコメントする子がいます。
結論を言えば撮らなかった貴方のせいであって撮った人は何も悪くないでしょう。どう思うかは個人の自由ですし、他人の写真を羨むのは全ての撮り鉄が持つ権利ですが、撮れないとされるネタの9割は実は「撮れない」んじゃなくて単に撮影者が「撮らない」選択をした結果なので自業自得だと思っています。
この議論の本質を見るために、むしろその被写体を撮らない理由を考えてみましょう。私が思うに「撮らない理由」には三つの次元があります。それは、
Vだと思わない
Vだと思うが自分で撮ろうとは思わない(他人の写真を見ているだけで充分)
Vだと思うし撮りたいがハードルが高い
です。
「Vだと思わない」ならそれまでの話で、その被写体に価値を持たないなら撮る必要もないし勝手にスルーして、どうぞ。
「自分で撮ろうとは思わない」というのも特に何もいう事はないです。良いなという感想は出て来ても羨ましいという感想は出て来ません。
問題は最後の「撮りたいけどハードルが高い」という次元。撮りたいものを撮る趣味なので、この「ハードル」を越える事が出来るかどうかが撮影者のレベルの高さに概ね比例するのではないでしょうか。
べつに他人と比較する必要は皆無ですが、羨むぐらいなら撮れば良いんですよ。情報は事前に入手できます(公式発表でも人づてでも)。撮りたい気持ちがあれば撮る事を前提にし、次にどうしたら撮れるか考える筈です。その時に初めて撮影へのハードルの高さを知ります。例えば遠すぎたり、平日だったり、お金が足りなかったり。これらの要素で「撮りたい」気持ちの強さを計れます。すぐに諦めるという事は、貴方にとってその被写体はその程度の価値しかなく、自分には縁がなかったと割り切るべきでしょう。
次にそのネタの日に合わせて休みを確保する。有給の取得は直前の手配に対応できないのでそこはどうにもなりませんが、これで撮れるネタはそこそこ増えます。事前に休みを確保できなくても仕事や学校をポアすれば撮れますが、そうすれば当然ながら損します。ネタと仕事を天秤にかけ、ネタを撮る事による損得と働く事による損得を比較した結果ネタを捨てるケースが一般的だと思います。たとえかなりの度合いで撮りたいと思っていても結果的には撮らない選択をせざるを得なければ、それは「撮れない」という事になりますね。ただ、趣味の撮影よりも仕事や学校を優先する方は真っ当な社会人です。そこは間違いないです。定職に就いていない人や大金持ちが得するのは撮り鉄の悲しい宿命なんです。ニト村になりてぇよ。
他に「撮れない」ケースというのは災害や事件や事故による不可抗力です。たとえどんなに遠くても行く人は行くし、飛行機や新幹線が高価でも払う人は払います。有料撮影会の定員や参加費が厳しいものでも本当に撮りたいならあらゆる努力を惜しまず機会を勝ち取るものです。
引っ越し先の神奈川から地元まで各駅停車で4時間近くかかっても関係ありません。車を出してくれる人がいなければ自らレンタカーを抑えて同乗者を募ります。好みのアングルに全然知らない人達が構えていても交渉して混ざります。まともな登山道が整備されていない俯瞰撮影地でも、ブッシュをかきわけ急斜面を這ってでも辿り着きます。
撮りたい気持ちがあれば、相応の金銭的・精神的・身体的な負担を背負える筈です。それすら出来ない人に土俵に上がる権利はないし、その程度の熱意で撮っても被写体に失礼です。まして「撮れなかった」「撮りたかった」なんていう資格はないと思います。せいぜい「良い写真だ」ぐらいに留めておきましょう。