4.15　行きたくない巡礼～広島

行きたくない。巡礼なんて行きたくない。スペインにもポルトガルにも行きたくない。どうして私はこんなことになっているんだろう。

いや、行きたくないことはない。人生に一度は巡礼してみるのもいいなぁと思っていた。外国行くならスペインやポルトガルなんかがいいだろうなと思っていた。なのにどうしてこんなに気分が塞ぐのだろう。どうしてこんなに憂鬱なんだろう。

「どうしてなんですかね？」と聞いてみても、壮行会に来たみなさんは呆れるばかりだ。「いやいや、あなたが決めたんでしょう。勝手に行くって言い出して、仕事辞めますとか言ったじゃないですか」と。ごもっとも。

だがな、人は時として訳の分からない感情に引き裂かれてしまう瞬間が――ない人は別になくていいけど――たまに、あったりもするのだよ。

その決断は水が満ちてコップから溢れるように確かなものだった。来たるべきものが来た。タイム・ハズ・カム。そういう感じだ。

私は行かなければいけない。

そう思った。

惑星直列のようにすべてのタイミングが重なり、運命が私の背中を押した。ずっとやりたいと思っていたことをやらなければならない。いつかは今で、今はこの今、令和5年、妙齢51歳のこの今だった。

最初は昨年末の友人との飲み会だった。2人きりの酒の席で、いい気分になった私はつい「いやぁ、ずっとやりたいと思ってることがあって……」と口に出してしまった。口に出した瞬間、言葉が真顔になって迫ってきた。おまえ言ったよな、と。「え、俺、本当に行くの？」。遠いいつかが今になる。気ままな夢物語がタスクになる。今やらないでいつやるの？　今でしょ！と林先生が夢に出てきて夜な夜なうなされるようになる（嘘）。
 

もっともすがすがしい気分を感じたのは、いくつかの仕事関係者に決断を伝えたときだった。

「4月から3ヶ月、スペインに巡礼の旅に行ってこようと思うんデス！」

思い詰めた様子で切り出した私を前に、みんな「はぁ？」とキョトンとしていたが（まあそうなるよな）、私はものすごく高揚していた。ヤッチマッターという興奮。大事なお皿を割っちゃったーという取り返しのつかなさ。いいの？　いいの？　え、本当にやるの？　言っちゃったからもう引き返せないよ？　あー、どうしよどうしよ、言っちゃった～言っちゃった～カッパッパ～ルンパッパ～――と動揺のあまり黄桜のカッパのCMが頭の中に流れる中、私の脳裏に見えていたのはこれから訪れることになるサンティアゴ巡礼道のただひたすらまっすぐな田舎道だった。

ああ、俺はいま世界で一番自由な男だな……。

馬鹿だ。

馬鹿でしかない。

51歳なのにどんな分別してんのか。まじでタイムマシンがあれば、すぐにその瞬間に戻って自分を羽交い絞めにしてどつき回したい。ほんの3ヶ月前、ワンメーターくらいの距離だけど。

でも本当にその瞬間は、ここ十年近く感じたことがないほど心軽やかで、とても自由な気持ちになったのだ。

が、すぐに心は乱気流に巻き込まれていく。

航空チケットを買う。燃料代、高っ！　そんなにお金かかるのか。
準備の面倒くささに卒倒する。SIMロックフリー。何？　何を揃えればいい？
友人の旅先ぼったくられエピソードに戦慄する。やはり海外、何が起こるかわからない。

怖い。不安だ。

一度生まれた黒雲はパニックになると爆発的に膨らんでいく。
怖い怖い怖い怖い……旅も怖いし、旅から帰った後も怖い。ああ俺、なんてこと言っちゃったんだろう、せっかくフリーで食っていけてたのに旅から帰ってイチからどうするんだよと今さらながら現実が押し寄せ、心が潰されそうになる。

なのにその裏でコロナ禍明けの広島、毎晩のように壮行会が開かれ、励まされ続けるというもうひとつの現実。

「いやぁ、思い切ったね。いいね。俺もやりたいわ！」
「行きたくないんです」
「は？」
「まじで何の準備もできてないし、海外怖いし、SIMロックもわからないし、巡礼行きたくないんです……今から仕事戻れないですかね……」
「……………………」

一瞬の「自由になれた気がした」代償としての、どんよりと長い後悔、不安、自己嫌悪、俺のバカバカバカ、どうして人生いつもこうなっちゃうかな、noteもやるとか簡単に言っちゃうかな……
 
それが今。
 
明日、まずは東京に出発する。その直前の最後の整理。まだ現実感がほとんどないが私は本当に旅に出るのだろうか？　というか、これを書いているということは、もう旅ははじまっているのか？
 
広島の夜は本当に今夜が最後なのか？　アイラブユー広島、愛してるよ。
 

このnote、Textの最後に私の今の気分の1曲を流すことにしました。ラジオぽくていいでしょ。

先日見た直枝政広ソロ弾き語りが素晴らしかったカーネーション。このマイナーコードの「I LOVE YOU」がまさに今の気分。ほんとこんな感じ。あー、行きたくない。