贈りたい本を探しに、吉祥寺へ(後編)
ことしも年の瀬。吉祥寺で展開中の「たいせつな人に贈りたい本」のフェアは31日の夕方18時まで。残りわずかの開催となりました。お近くにお住いの方には、散歩がてら会場で本選びの楽しさを感じてもらえれば嬉しいですし、遠方の方には、この場(note上)で楽しんでいただけたら、それもまた嬉しいことです。
さて、会場の棚を引き続き紹介していきますね。(前編はこちら←12月のフェア 上のほうの棚を紹介)
《3段目左》ひそひそ書房
「読書」と「生きづらさを抱える子どもたち」をテーマに選書された(と思われる)、ひそひそ書房さん(ブックマンション No.94)。読書によって広がる世界を、さまざまな立場の著者をとおして垣間見せてくれるようなラインナップです。
ショーペンハウアー『読書について』(2013年/光文社古典新訳文庫)は、12月の会期中、人気だった古典の名著。1810〜1840年代に書かれた、読書術の先駆けと言えなくもない辛口エッセイです。読書前後の心構えや、紙に書かれた他者の思索の跡を「自分の目」で見直すことの大切さが熱心に語られます。趣味の時間を満たすための読書とは異なる、思索をするうえでの真摯な読書の在り方を問う一冊です。
右端に並ぶ『わたしは 10 歳、本を知らずに育ったの。: アジアの子どもたちに届けられた27万冊の本』(2017年/合同出版)は、「一冊の本が生きる希望を与えることもある」という信念のもと、貧困や戦争のために学校や図書館に通えない子どもたちに36年にわたり本を届け続けてきた国際ボランティアの記録。
『空が青いから白をえらんだのです ―奈良少年刑務所詩集― 』(2011年/新潮文庫)は、17歳から25歳の青年受刑者たちの思いが溢れる奇跡のような57編。奈良少年刑務所で約10年以上にわたり開かれてきた絵本や詩の教室をきっかけに生まれたそうです。
この2冊は未読ですが、私のなかでぜひ読みたい本リスト入りしています。意思さえあれば好きな本を入手し、安心して読みふけることのできるありがたさ。それをかみしめながら、しみじみと読みたい、と思っています。
《3段目右》 紅茶と文学
[選書リスト]アンドロイドは電気羊の夢を見るか?・谷崎潤一郎マゾヒズム小説集・一九八四年・幼年期の終わり・あなたの人生の物語・野性の呼び声・李陵 山月記・神の子どもたちはみな踊る・AKIRA ①巻
紅茶と文学さんは、純文学やSF作品を中心にした課題本型の読書会「紅茶と文学」(Tea and the book club)を主催する棚主さんです。ブックマンション No.71の棚では、並べた本に「本(もしくは作家)をイメージした紅茶やハーブブレンドティー」を本とセットにして販売。ユニークな感性で棚を運営されています。
今回フェアの棚では、「本当に読んでよかった小説」を厳選された紅茶と文学さんですが、会場の都合上、紅茶はセットできませんでした。そこで、ブックマンションに同じタイトルを並べる際は、どんな紅茶を付けているのか、ご本人の証言とホームページの記述をもとに紐解きます。
まず、黒地にイエローの装幀がスタイリッシュな『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(1977年/ハヤカワ文庫)。映画『ブレードランナー』の原作として知られるフィリップ・K・ディックのSF小説(1968年発表)です。著者をイメージして選ばれたのは、現地から直輸入しているというこだわりのストレートティー。ミルクティー用の紅茶、"DICK BLACK" です。
(注:HPに記載のスパイシーなハーブブレンドティーは、現在は付けていないそうです)
暗さが際立つ装幀の『一九八四年』は、監視社会を描いたジョージ・オーウェルのディストピア小説。本書には、著者の出身地イギリスでよく飲まれるミルクティー用のアッサムを合わせたそうです。HPには、「お湯を注いで五分以上待ち、一九八四年の舞台に相応しい暗い色になるまで抽出してみましょう。少し温めたミルクを最後に加えて下さい。覚めても残る香りをお楽しみください」とウィットに富んだ指南が記されています。
なお、映画『メッセージ』の原作であるテッド・チャンのSF小説『あなたの人生の物語』(2003年/ハヤカワ文庫)は、映画を観たあとに我が家の本棚で見つけました。読了後にどんな紅茶を連想するかしら、と今から読むのが楽しみです。
《4段目左》 books on the grass
[選書リスト]スモールプラネット 本城直季写真集・あやうく一生懸命生きるところだった・すべて忘れてしまうから・<役割語> 小辞典・ラストラン・ソーシャルデザイン 社会をつくるグッドアイデア集
2019年12月にブックマンション No.64 の棚主になった「books on the grass」さん。コロナ禍の前は、別の棚主「にちようだな」さん(清水家!の右隣)と一緒に、本を使ったゲームのイベントを開催するなど、読書会とはまた異なる本を介したコミュニケーションの可能性を探っていました。
books on the grass さんがセレクトするのは、小説や実用書などさまざまな分野を横断しながら、人生を自分らしくすこやかに生き抜く視点を提供してくれる本ではないかな、と勝手に想像しています。お日様の下で、芝生に寝転がってゆっくり深呼吸しながら読みたくなるような本。
水色のカバーが目を惹く『あやうく一生懸命生きるところだった』ハ・ワン著(2020年/ダイヤモンド社)の選書理由にも、「『頑張れ!』と背中を押してくれる本を読みたい時もあるけれど『頑張らなくてもいいよ』と寄り添ってくれる本を読みたい時もある、そんな気持ちで選びました」とtwitterにコメントを寄せています。タイトルからして興味深い本書は、口コミで話題となり10万部を突破したそうです。ただでさえ自分に甘い私が読むのは危険かもしれませんが、ぜひ読もうと心に決めています。
面陳されている本城直季さんの写真集『small planet』(2006年/リトルモア)は、不思議でかわいいジオラマワールド。めくるたびに撮影マジックに導かれ、手のひらに広がる世界と、この地球がたまらなく愛おしくなります。
(追記→選書されたご本人の思いがnoteにアップされました。この時期に本を贈ることを想い巡らせたbooks on the grassさんの優しさに涙。改めて、このフェアに並んだ一冊ごとにひとりひとりの想いが込められていることを感じました… → https://note.com/on_the_grass )
『魔女の宅急便』の著者、角野栄子さんの自伝的な小説『ラスト ラン』(2012年/角川文庫)は、フェア会場で思わず手に取りました。角野さんのように、仕事も暮らしもファッションも自分らしく楽しみながら、輝く瞳を忘れずに年を重ねられたらなんて素敵なのでしょう……!
ブックマンションの64番棚には、月の光だけで撮られたハワイの写真集『night rainbow 祝福の虹』(小学館)やオランダ発の物語『ハリネズミの願い』(新潮社)など、好きな本がいくつも並んでいることもあって、books on the grassさんに勝手に親近感を覚えている私です。
《4段目右》 ライネケ堂
[選書リスト]キツネと星・絵本 星の王子さま・土神と狐(画本宮澤賢治)・雪わたり(画本宮澤賢治)・きつねの窓・すばらしき父さん狐・ジェーンとキツネとわたし・狐 (日本の童話名作選)・いのちの木
「ライネケ堂」さんの棚には、「こんなにあったとは」と驚かされるほど、「きつね」の登場する本がずらり(これでも厳選されたラインナップだそうです)。ブックマンション No.49 の棚でも、「きつねと人のお店」をコンセプトに、素敵なきつねワールドを展開されています。
実はライネケ堂さんの棚にある本で、すでに別の機会に入手していたのが、絵本『いのちの木』(2013年/ポプラ社)。ドイツの絵本作家 ブリッタ・テッケントラップさんの作品です。親切で思いやりのあった一匹のきつねの命がつきたとき、きつねと縁のあった森の動物たちが集まって、きつねの思い出を語り合います。思い出を話すたびに、きつねがいた場所に生えた木が育っていき……。静かであたたかい読後感。森や動物たちを生き生きと描写したアートワークも美しく、すべての年代の人に贈って喜ばれる絵本だと思います。
『ジェーンとキツネとわたし』(2015年/西村書店)は、今回のフェアで出会ったグラフィック・ノベル。カナダ総督文学賞を受賞した気鋭のイラストレーター、イザベル・アルスノーさんと文章を書いたファニー・ブリットさんのコラボ作品です。絵日記のように綴られるページは大部分がモノトーンで、孤独な少女の心象風景がそのまま投影されているよう。彼女が大好きな『ジェーン・エア』の物語に入り込んでいるときだけ、世界は色づきます。そんな心の風景が、偶然出会ったキツネと目が合った瞬間から、少しずつ変化して……。多くの子どもたちに読んでほしい一冊です。
選書をした棚主こんのゆきえさんはグラフィックデザイナーとしても活躍されているアーティスト。ご本人にはまだ確認できていませんが、お名前の「こん」つながりもあって、きつねに愛を注いでいらっしゃるのでしょうか。自作のポストカードやオリジナルの絵本もとっても素敵な、こんのさんワールドは、フェアが終了しても、ブックマンションでお楽しみいただけますよ。
《5段目 右の左側》 南と華堂
[選書リスト]ラ・フォンテーヌ寓話
ブックマンションの棚主を続けながら、日野市南平に自分の本屋さんを開いた「南と華堂」(なんとかどう)さん。彼女は子育て中に関わった絵本の読み聞かせ活動を通して、絵本や児童書の魅力にはまっていったと言います。これまで多くの本を知り、手に取るなかで、「たいせつな人に贈りたい本」を一冊だけ選ぶならコレ、とセレクトされたのが本書『ラ・フォンテーヌ寓話』(発行:羊羊社/発売:ロクリン社)でした。
「お話は気づかぬうちに心の糧になっている」「すぐには理解できなかったとしても、いつかきっと思い出す日が来るでしょう」と紹介文を寄せた南と華堂さんの思いが通じたのか、残すところあと数日となった今日、フェアの棚から、『ラ・フォンテーヌ寓話』最後の一冊が売り切れていました。(そういう私も購入したひとりなのですが)すばらしいことです。
本書のカバーを外すと現れる布張りの表紙は、ご覧のとおりの美しさ。古典的なイラストも気に入っています。意外とキツネがたくさん登場するので、キツネ好きにもオススメです。気になるひとは、本屋さんに問い合わせれば、お取り寄せもできるはずですよ。
新年を迎えたら、日野の「南と華堂」さんのお店も訪ねたいです。
《5段目 右の右側》なつや書房
[選書リスト]世界の郷土料理事典
「なつや書房」さんは、ブックマンションNo.91の棚主さん。スペイン愛あふれる選書と、旅の思い出を写したチェキしおり(お買い上げの方に1枚プレゼントされている)が、ブックマンション名物のひとつとなっています。今回の会場でも、目立ちにくいはずの最下段でチェキをふんだんに使って旅感を演出。ひときわ輝くディスプレイで歩行者の足を止めてくれました。
肝心の選書について。正式タイトルは、『世界の郷土料理事典: 全世界各国・300地域 料理の作り方を通して知る歴史、文化、宗教の食規定』(2020年/誠文堂新光社)、とちょっと長く、読み応えありそうな厚めの本書(といっても見た目ほど重くないので、気軽に手に取りめくれる印象)。ステイホームしながらも世界旅行をしているような楽しい時間を過ごしてほしい、そんな思いが込められたセレクトだと思います。
本書がすばらしいのは、お目当の国以外も身近に感じられ、多くの国や地域の文化や歴史背景に触れられること。さまざまな国に関心のある好奇心旺盛な方はもちろん、特定の国や地域が好きな方にも楽しめる内容です。お目当ての国をスタート地点に、ぜひ紙上で足をのばして、気ままな旅を。さらには、自宅キッチンで現地食べ歩きの気分を再現することだって可能です。本書をお供に、存分に食卓旅行を堪能しちゃいましょう!
ことし一年を通してのやるせなさやストレスを本を活用して解放できたら最高ですよネ。なお、レシピは日本で手に入る食材、代用できるスパイスなども併記されているということなので、安心して挑戦を♪
《5段目 左→1段目 左》清水家!
[選書リスト]グレープフルーツ ジュース・Ai ジョン レノンがみた日本・ガープの世界<上><下>・1973年のピンボール・近所の景色/無能の人・不思議の国のアリス・問いつめられたパパとママの本・袋鼠(ポサム)親爺の手練猫名簿
なんと前編ひと棚め「816号室」さんのご好意で、最後の1週間、最上段と最下段の棚を入れ替えていただきました。予想外の出来事です。ありがとうございます!
本の見開き写真は、ついに最上段でカバーをお披露目することになった『袋鼠親爺の手練猫名簿(ポサムおやじのてれんねこめいぼ)』(2009年/評論社)から。本書は、あのロングラン・ミュージカル「キャッツ」のもとになったT.S.エリオットの詩集です。
T.S.エリオットが子どもたちに向けて書いた遊び心のある文章を、名翻訳家の柳瀬尚紀氏がこだわり抜いて翻訳された本書。リズミカルで楽しい文章は、親子で声に出して読むと楽しいだろうなぁと思います! アクセル・シェフラーの描く、生き生きのびのびとした猫たちの姿は、猫好きたちにきっと喜ばれるはず。たいせつな人が猫好きならば、ぜひプレゼントリストに加えてみてください。
以上、ジュンク堂書店吉祥寺店とブックマンションのコラボ企画12月の回に参加した11組の選書から、気になる本の紹介でした。
それぞれの本の魅力は、手にしたときに初めて実感として伝わってくるもの。いまは大変な状況下ですが、ときにはふらりと本屋さんを訪ねて、本探しを楽しみたいものですね。
(上の写真2点は、最後の数日を前に入れ替え作業を行ったフェアの棚。816号室さん、棚の交換、本当にありがとうございました。ディスプレイ変更する作業もなぜだかすごく楽しくて、本気の大人の文化祭を堪能した思いです)
文 清水家!(た)