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1年経ってないのに、帰国かよっ!(小説・第3回)

こんにちは、Shimizu_Tです。

今日は、超短編小説の第3回目です。これまでと同じように、小説なのでフィクションです。実在するSさんとは全く関係ありません。(今回の文字数は、約1,700文字です。)


韓国へ転勤(社内規定では、1年以内なので出張扱い)させられた男は、1人で海外生活を満喫していた。

海外で仕事をするのは初めてだったので、もちろん、仕事での苦労は多かったが、週末に観光地へ出掛けるのが楽しかったし、日本人のコミュニティーでは似たような環境で過ごしている者同士の交流もあり、寂しさを感じることはほとんどなかった。

しかし、4ヶ月ほど経ったある日、WEBで日本の本社とミーティングをしている時に、海外出張を命じた上司にこう言われた。

「あっ、1年経ってないので悪いけど、帰国してもらうよ。今度は、シズオカだ。2週間後に帰国してね、よろしく。」

「シっ、シズオカですか!」「シズオカって、富士山がある「静岡」のことですよね。」

「そうだけど。それ以外のシズオカって、聞いたこと無いよ。」

上司は、呆れたように言うと、「4ヶ月、おつかれさん。」とだけ言って、ミーティングが終わった。

1年だからと、せっかく生活用品を買い揃えたのに、もう帰国かよっ。

男はボヤいたが、だからといってどうにかなるものではない。
仕方ないので、現地のコミュニティーへ最近入ってきた人に、ほとんどの生活用品を無償で譲って荷物を整理し、2週間後に韓国を発った。

飛行機で東京へ向かい、新幹線に乗り換えて静岡駅に着いた。
8月に入り、暑さもピークかと思う時期だが、韓国へ行く前に住んでいたところに比べると、静岡の暑さは穏やかに感じられた。

「お疲れさまです、支店長。」
静岡支店の課長が、駅まで迎えに来てくれた。

「どうですか、静岡の印象は?」
「そうだね、暑さがそれほど厳しくないような・・・」

「韓国は、かなり暑かったんでしょうか?」
「いや、そうじゃなくて、日本で以前に住んでいたところより、穏やかなような気が・・・」
「そうですか。今日は、静岡にしては暑いほうですよ。」

静岡支店に着いて社員と顔合わせをしたが、総勢6名しかいないので、あっという間である。

「アパートの鍵を預かってますけど、これから行かれますか?」
課長が、賃貸業者との手続きを済ませておいてくれたようだ。
「そうだな、特に緊急の用件がなければ、アパートへ行くか。」

「分かりました。アパートは、ここから歩いて2分程のところにあります。すみませんが、この地図を見ながらお一人でお願いしていいですか。」
「ああ、もちろん。」

「それから、奥様は、今回は一緒に住まわれないのですか?」
「奥さん?」

男は、課長に聞かれて戸惑った。
韓国に行く前に、男は確かに女と同居していたが、果たして彼女は「奥様」なんだろうか?
ただ、世間的には、女は、「奥様」になるんだろう。
籍を入れているわけではないけれど、一緒に暮らしていたのだから、そうなんだろう。

もともと1年の予定で韓国へ単身で行ったのに、4ヶ月で帰国することになり、「もう帰国することになった。次は静岡だ。」と伝えたら、「えっ、もう帰ってくるの?私は静岡には行かないわよ。」とあっさり答えた。
理由はあえて聞かなかった。

だから、静岡では、1人で暮らすことになる。

「そうなんだよ。今回の帰国が急だったので、仕事の調整がつかないとかで、妻はしばらく静岡には来ないんだ。」

男はそう答えたが、女が来ない理由が何なのかは、よくわからなかった。
ただ、別にどうでもよかった。

同居していたときも、決して同居を楽しんでいたわけではなく、成り行きみたいな感じであった。

韓国に行く直前には、「私は、何のためにこの女と同居しているのだろう」と感じていたこともあり、静岡で1人で暮らすことになっても、別に寂しいとか、そういった感情はほとんど無かった。

いっそ、このまま一人暮らしでもいいかな。

静岡で生活するのは初めてだったが、毎日、富士山を眺めながら、1人で気楽に過ごしたほうが、自分にとっては良いような・・・

そんな思いで、静岡での生活が始まった。 


ここ迄お読み頂き、ありがとうございます。
いつものように、締めくくりはこの言葉で。

 「毎日が、心穏やかに過ぎますように」

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