台湾から来た同志よ。
「シミズー、ご飯行コー。」
大学で知り合った台湾人の友人は、出会った時から頻繁に食事へ誘ってくれる。他の友人には名前で呼ぶのだが、僕は彼と出会ったときに苗字しか教えなかったので、苗字で呼ばれているのは僕だけだ。
「タカノリ、タカオ、アッ、シミズゥー!」
といった具合で、僕を呼ぶ声だけは気合が入る。それがどうしても笑いのツボにハマり、彼に呼ばれるといつもニヤけてしまう。これが最近の悩みだ。
外国人に苗字で呼ばれることに違和感を覚えつつも、授業が終われば毎週のように、僕たちは大学の近くに立地している安い飯屋に入った。
そこでの話題は、ごく一般的な日本人の会話そのものである。
「授業ダリい。」
「レポートまだ書いてない。」
「来週は授業サボるわ。」
健全だ。あまりにも健全過ぎて、日本人の大学生と会話のレベルが同等である。
一方、彼は日本語と同様に英語も流暢に話す。彼の発音は小川のせせらぎのように滑らかで、透き通っている。その透明感のあるスピーキングは美しすぎて、僕はしばしば彼の発音に魅了され、聞き逃す。
ファッションの授業では、それを「フェッション」と読んで僕を錯乱させたし、アップルは「エップル」と発音するので、5回は聞き返した。
Aをエと読む発音は、ネイティブ・アメリカンのマザー・ファザー譲りの教育を受けたことで習得したものであり、現在の日本の義務教育では、ここまでの発音を身に付けるなんて不可能だ、とまで思ってしまう。
それでも、台湾人は日本人と顔が似ているので、個人的にはとても接しやすい。あまりにも似ているので、パッと見てどちらか識別できないこともあるほどだ。
つい先日は飲み屋に入り、つまみが欲しくなったので、僕らはエイひれを注文した。ビールを片手にエイひれを一切れずつ食べながら、「生き返るワ~」と満面の笑みで呟いているアジア人を見て、誰が彼を台湾人だと断定できるのだろう。
さらに、皿の上に盛られたエイひれは時間の経過とともに姿を消し、最後は一切れだけが残った。その最後のブツを横目でチラチラ確認しながら、僕らは箸を動かさない。彼は日本人が飲み会で感じる気まずさ、そう、俗に言う「一個残し」をやり遂げだたのだった。
いつの間にそんな技を覚えたんだ、、、。
彼の成長ぶりには目を見張るものがある。
*
授業の合間、そんな彼とほかの留学生を含め、数人で談笑しているとき、話題は日本人の俳優や女優の話になった。
どうやら、台湾では竹内涼真や坂口健太郎が人気らしい。台湾人の女の子は目を輝かせながら、彼らの美男子ぶりを熱く語っている。日本の高身長イケメンは、国境を飛び越え、世界中で重宝されているのか。羨ましい限りだ。
この人気ぶりは、日本の映画やドラマが翻訳され、台湾でも放送されていることが原因らしい。
日本のアニメが世界中で放送されているのは知っていたが、テレビドラマが海外で放送されているのは意外だった。
僕はテレビアニメは『斉木楠雄のΨ難』しか観ないので、アニメの他にも日本の作品が海外でも愛されていると思うと、なんだかとても感慨深かった。
今度は例の仲が良い台湾人に、好きな女優の話を振ってみた。
「アー、日本人の女優はメッチャ有名ネ。」
おお、やっぱり日本の文化を好きでいてくれるのか。誰が好きなのだろう。有村架純や新木優子だろうか。はたまた、日本人の好みとは異なるジャンルの女性か。
こうなると、台湾人男性が理想とする女性像が気になって仕方がない。早く日本人女優の良さを語り合いたくて、もう少し話を詳しく聞いてみることにした。
「特に日本のエーヴィー女優は有名ネ。」
ふむふむ。エーヴィーは僕の知らないジャンルだ。それにしても、さすがは日本に留学している台湾人だ。博識がある。きっと何か文学的に素晴らしい作品に出演している女優なのだろう。
でも何かが引っかかる。
エーヴィー、、、。
エーv、、。
AV。
「具体的な女優を言うト、この人とか有名ネ。たしか名前は、、、」
んんっ、待てコルアアアア!
危なかった。どこまで日本人なんだ君は。もはや日本人の知らなくてもいい部分を、隅々まで知っているじゃないか。
美しすぎる英語の発音が裏目に出た。Aをエと発音するのは理解していたが、Vはヴィーだったのか。自分の英語力の未熟さを突きつけられ、気が滅入りそうだ。
彼曰く、台湾人の男性で、その手の日本人女優と日本語について詳しい人はメッチャ多いとのこと。日本の作品が海外に受け入れられて非常に感慨深い、としみじみしていた気持ちは一瞬で葬られ、代わりにそっち方面の作品も受け入れられとんのかい!、と威勢の良いツッコミを返したくなる。
まったく、後でお勧めの動画を教えろ、じゃなかった、とっとと検索しようと取り出したスマホをしまってくれ。
周りの視線など気にもせず、未だに彼はその女優の良さを熱く語っている。
僕を見て微笑みながら、最後に一言、決め顔で語った。
「日本のエーヴィーは文化ですヨ。」
それはもう日本人の顔だった。やけに気が合うわけである。
これからの可能性に賭けてくださいますと幸いです。